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2005年の山・・・

  • 2005年の山をアルバムにしました。 小さい写真をクリックすると拡大されます。
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2012年1月27日 (金)

2012 登り始めは

今年も筑波山でした。

 

 

1月26日(木) sun

 

23日夜半に降り積もった雪が溶けない内にと思い、停滞気味の気持を鼓舞して出かけることにしました。

 

実は、25日に行こうと準備して外に出て、我が家近辺の道路状況を見たら、あちこちがかなり凍結していたので、出発時間を遅らせるか明日にしようかと迷いました think

 

年末に行った高滝湖手前の道路でのスリップの恐ろしい思いから、「道路が乾くまで待つのが安全」と結論して26日にしました。

 

R6やその他の茨城県の道路は日陰になる部分がないようで、道路脇にさえ雪がほとんど残っていませんでした。

 

降雪時の各地の積雪状況では、つくば市は10センチと報道されていたので、わが町「柏」を遥かに超えるものと思っていましたが、ほとんど?平地のつくば市は溶けるのが早かったようです。

 

遠目からの筑波山に雪は見えず、近づいても白いものをとらえることが出来ません。

 

さて、今日はどこのコースを登るか・・・。

前回はバリエーション・ルート?から男体山に登ったので、今回は女体山を目指しますが、(もう何年も歩いたことのない)筑波山神社から弁慶茶屋跡を通るのですが、ロープウェイ駅のあるつつじヶ丘経由の尾根歩き遠回りルートにしました。

 

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分岐からしばらくして、やっと雪が出てきました happy01

 

この道もほとんどが長めの階段だったり舗装されていますが、つつじヶ丘まではゆるやかなので多少歩きやすいといえるでしょうか。

 

ロープウェイが工事で運休しているため、駐車場は閑散としていて前後を歩く人の姿はありません。

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尾根上に雪はあるものの、強い日差しで道は所々でぬかるみ bearing

 

弁慶茶屋跡へ着くまでにすれ違ったのは一人だけ。

 

帽子を目深にかぶりマスクをしていたので表情が見えず、挨拶もせずにやり過ごしてしまいました。

 

 

サクサクあるいはキュッキュッと雪を踏みしめる感触を期待して来たのですが・・・

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            味わえたのは女体山への登りの「プロムナード」

 

この僅かな距離の平地が、筑波山では私の一番の「お気に入り」場所です。

 

 

空は快晴ではあるものの、富士山も日光の山々もスカイツリーも見えませんでしたが、

 

女体山から御幸ケ原まではプロムナードのような雪加減を楽しむことが出来ました。

 

下りはケーブルカー横の道を軽アイゼンを付けたのが正解で、雪解けの氷結した道をなんの心配もなく下りることが出来ました。

 

今まで何度も冬の筑波山に来て、いつも軽アイゼンを持って来ていましたが、今回初めて使って、「これからは楽をしよう」と決めました happy01

 

駐車場を10時に出発して戻ったのが14時半、4時間半の初山歩きは意外に疲れましたが、来て良かったの思いです。

 

             今年もよろしくお願いいたします

2011年12月31日 (土)

遊び納めは高滝湖『ワカサギ釣り』

12月29日

先週の筑波山で気力が少し戻って来てような感じで、なんとかワカサギ釣りへ。

しかし、暖かいという天気予報を確認してから行くことに。

寒さ対策は高所装備で万全なのに、です。

5時半に家を出ると、外は真っ暗で16号を千葉市に入ったあたりからやっと少し明るくなってきた。

暗闇の運転になんとなく不安を感じたので、安全運転をしようと言い聞かせた。

途中のコンビニに寄り、買い物をして「高滝湖」へ。

ゴルフ銀座のようなこの辺の道は上り下りがあって、今朝は霜が降りたのだろうか表面が濡れていた。

対向車線を事故車を釣り上げたレッカー車とすれ違い、少しすると破損したタクシーが道から外れて、運転手が外に立っていた、事故らしい。

と思った瞬間、わがcarに異変を起きた sign02

急にハンドルが軽くなり、ブレーキを踏むと車の後部が押されて右横向きになり、あわてて

左に切ろうにも・・・ゴンと車体に何かがぶつかる音がした wobbly 

「スリップだ sign03 」 凍っていたらしい coldsweats02

下り坂が終わる所だったので、なんとか道を外れずハンドルに普通の抵抗が戻った pout

スピードを落とし後続車をミラーで窺うとやはり・・・。

残念ながら知らせる術がない。

7時30分過ぎに駐車場着、駐車場は満車でなんとか安全な空きスペースに車を突っ込み受付へ。

駐車場は道路の向こう側にもあるとのこと。

今までで(下の)駐車場が満車というのは初めて、仕事納めをした勤勉な方々が押し寄せた?のだろう wink

昨夜、高滝湖のホームページで、最近の当たり釣り場をチェックして、きょうは「カゲロウ」のオブジェ後ろのブイにしようと決めていた。

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しかし、先客で埋まっていて入るスペースない、半端に空いているがボートを繋いで嫌な顔をされたくないので、別の場所へ向かうことにした。

そこは家族連れがいて、賑やかで楽しそうな雰囲気だった。

いっとき続けて釣れたが、2時間もするとぱったりアタリもなくなったので、橋近くのポイントへ移動すると昼過ぎまでポツポツ釣れたが、風が出できて湖面が波立ってくると、またアタリが止まってしまったので、明るい内に帰らねばと2時で上がることにした。

きょうの釣果は63尾、イマイチ達成感に欠けるが楽しい時間帯もあったし、満足することにした。

翌日、ホームページを見ると、300尾、400尾という結果を出した人もいたが、その釣り場は

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                    遥か彼方・・・・

ワカサギ釣りは、釣れない時は小まめに動き、開場(6時半)前に並び目指す場所へ行かないと釣果は上がらない、とは知りながらも4時起きするほどの気力はまだありません weep

薄明るい内に帰宅出来たので、から揚げで bottle してまた 「満足 happy01

これが楽しみで行った自分でした happy01

   では 良いお年をお迎えください clover

 

2011年12月26日 (月)

登り納めは 筑波山

10月のネパール・トレッキングから戻って以来、なぜか山歩きへの気力が失せてしまった感じで自ら企画したものはなく、歩いたのは「田浦梅林」ハイキングに参加したのみ。

それもメインはその後の忘年会を期待しての参加だった。

そして、市内のいつもの居酒屋で、かつての仕事・遊び仲間にトレッキングの報告や、忘年会兼「柏レイソルsoccer」のJ1優勝祝賀飲み会などには、待ってましたとばかりに参加した。

何れも毎回楽しい酒交じりの時間だったが、それ以外は無気力な日々を重ねて、気付けば72歳の誕生日を迎えていた。 

帰国したら、まず「高滝湖へワカサギ釣りに行こう」と思っていたのにその気にならない、山歩きしようという気持も湧いて来ない bearing 

自分で自分に「どうしたんだ」と問いかけても解答が得られない。 

「歳のせいか?」 「これが歳をとったということか?」 「いや、それとは違うな think

そんな弱気を吹き飛ばそうと

 

12月23日

朝6時に起きて紅茶を入れ、(クーロンヌの)パンドミーのトーストで朝食。

千葉県から茨城県へcar渡る大利根橋の手前から、雲一つない青空にいつもの筑波山の雄姿をしっかりととらえられた。

久しぶりにときめく気持が戻って来ていた。

きょうはどこから登ろうか、男体山からの下りの階段は憂鬱だし・・・。

男体山を先に登り、女体山から下ろうと決めたが、ケーブル脇の登りは祝日で人が多そうなので、神社への手前に西参道入り口というのがあって、そこから男体山を目指すことにした。

墓地の横の舗装された急坂を登ると、「登山道は筑波神社から」と書かれた張り紙があったが、立ち入り禁止ではなさそうなのでここから登ることにした。 

ここへは以前に2度ほど下りてきたことがある。

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             「メイン・ルート」にはない感じの道から始まった

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しばらくするとはっきりした道はなくなって、小さな流れに沿ってそれらしい所を「道だな」と判断したり、「道かな」と迷ったりしながら一人歩きを楽しむことにした。

涸れた小沢を歩くのは結構足元に気を使うので、どうしても歩きやすそうな落ち葉の斜面を歩いている内に、全くそれらしい形跡がなくなり、やむなく沢を辿ることにした。

何はともあれ上に登れば頂上に出るとわかっていながらも、道らしいものを探し求めながらけつまづかないように歩いた。

この時期この場所で滑って打ち所が悪く動けなくなったら惨めなことになる。

結構足に力が入ったり、枝をつかんで登るので額に汗がにじんで来た。 

やっと歩きやすい道に行き当たって、少し辿るとポッカリ「御海(みうみ)」に出た。

ここまで誰とも出会うことがなかった幸せ感 note

 

頂上は風が冷たかったので早々に御幸ケ原に下ったが、汗を拭いている人はいないようだった。

     P1020347_800x600                    

                      いつもの加波山

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霞んで見えた日光の山々は、雪を頂いた大真名子を真ん中に左が男体山で右が女峰山だろう。

残念ながら冨士山は見えなかった。

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いつもの筑波山(男体山)の姿と筑波山(女体山)からの景色を眺めて、女体山から筑波神社へ下ることにした。

年末で寒波襲来といわれていたが、祝日ということでだろう11時半過ぎに弁慶茶屋跡のベンチに着いたが、それからも何人もの頂上を目指す人たちとすれ違った。

筑波山神社に参拝し、今年1年間の無事故登山を謝して賽銭を入れ今年の山歩きを終えた。

        ☆      ☆      ☆      ☆

皆さん  

今年の山はいかがでしたか happy01

来る年も元気で生き生きとトキメク気持に押されて、いい仲間と山歩きを楽しみましょう paper

 

 

2011年12月10日 (土)

横須賀でハイキングと忘年会

12月5日(月)

 

JR田浦駅(横須賀)12時30分集合。

 

たぶん今年最後の横須賀行きになると思ったので、9時前に柏の家を出て、実家の墓参をしてから集合場所の田浦駅へ向かうことにした。

 

田浦駅は久しぶりだけど、駅前の自転車置き場に記憶があった、いつ来たのだろう。

 

田浦駅が初めてのロメさんは、停車したので降りようと思ったらトンネルの中で、ドアが開かなくて「まいったbearing」そうですが、横須賀線利用者には常識happy01(トンネルとトンネンルの間に駅のホームがあるのでドアが開かない車両がある)

 

ハイキング・リーダーのヨコテンさんの指示で、16号を東逗子方面へ向かいます。

 

きょうの予定は「田浦梅の里」、通称「田浦梅園」をゆっくり歩いて、忘年会場の京急・逸見(へみ)駅方面へ下ります。 元横須賀市民でありながら、「田浦梅園」へは行ったことがないので気分は新鮮です。

 

(田浦駅に集まったのは男衆はフルメンバーの7人でしたが、女性たちはT川さんとヨコテンさんの二人という寂しさbearing )

 

この時期にもちろん梅が咲いているわけもなく、梅園はわれわれだけのものでした。

 

12月にしてはなんとも暖かい陽気で、一枚脱ぎ、また一枚脱ぎながら汗を拭き拭きフィールド・アスレチックのある公園まで歩いて遅い昼食となりました。

 

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       すぐ近くにある展望台から眺めた横浜方面の景色、意外に海が青かった

 

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富士見台だかの見晴らし場所から横須賀港を見下ろすと、アメリカの空母の姿がありました。

 

原子力空母「ジョージ・ワシントン」だそうです。

 

原潜寄港の時だったでしょうか、他所からの人たちで基地近辺が占領されて、地元の人間としては割り切れない気持だったと僅かに胸の奥に残っていますが、こうして今となるともう記憶もあいまいです。

 

港を見下ろせるこうした所は、ずっと以前から開放されていたのだろうか。

 

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この青空なので、スカイツリーらしきものが見え、遥か彼方の雲の下に筑波山の姿を確認することが出来ました。

 

何人かのメンバーが「あの二つ浮かんだ雲の下に筑波山が見える」と言って確認したのですが、S藤君だけが「見えない」と言い続けていました。

 

周りのメンバーは「こりゃダメだ」と諦めたのですが、しばらくして誰かが「ほら、あの雲の下に・・・」といったところ、「何?雲の下?」とのたまわりたもうた。

 

なんとあれだけいってたのに、雲の上を見ていたのだそうです。

 

ヤバイヤバイ bearing

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「港が見える丘」と書かれたところから見下ろすと、「G.W」の『73』がはっきりと読み取ることが出来ました。

 

「こんな場所があったのだ」という驚き。 

 

現在は平らな柏市に住んでいるので、高台の細い道の両側に住宅が建ち並び、ひっきりなしに車が行き交うのにも驚いてしまった。

 

住んでる人たちには何の不思議もないだろうが、40年も他所に住んでいると土地や住居に対する感覚は、もう変わっていまっているのだと気付いた。

 

しかし、故郷の街並みになれると、高校時代の感覚に戻ってくる。

 

逸見駅へ向かう下り道で、毎回幹事のI原さんが迎えに登って来てくれて、疲れたメンバーの足取りが軽くなったよう notes

 

忘年会の会場は逸見駅近くの海鮮料理屋さんで、5時開宴のところ4時半着。

 

幹事の手配で4時半には入るだけは「いいよ」ということで インsign01

 

ハイキング参加者2名だったのマドンナさんたちが、一人、二人と顔を出して、結局本日の参加者は18名という盛況でした。

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                        lovely bleah 

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                これでお開きとなりました happy01


2011年11月 4日 (金)

2011 ネパール/トレッキングと旅 ②

                          トレッキングの後のネパール観光とバンコク

[これまで個人的に行ったトレッキングなどを除いて、自分が主催した2回のトレッキングでは、カトマンズ近辺の観光はしたものの、あまり地元の人たちと触れ合うような機会がなかったので、今回はトレッキングに観光のようなものを加えた「ゆっくりネパール」を企画しました。

そうすれば余裕のあるはずのアラ古稀の友人たちは、もろ手を挙げて参加してくれると思ったのですが、あにはからんや全く賛同を得られませんでした。

ネパールは1度あるいは2度も来れば、普通はそれで十分満足するものだとやっと気付かされた次第です。

しかし、もう少しネパールの良さを知ってもらいたいという思いは強くありました。

そんなこともあって、今回は高級ホテルを避けて中級ホテルを設定してもらたりしています。] 

             ☆           ☆           ☆

10月17日

 

きょうから3泊4日の観光旅行です。

まず釈迦生誕の地といわれる「ルンビニ」へ出かけます。

きのうまでのガイドのマー君は、前からスケジュールが入っていて、明日からエベレスト街道トレッキングへ出発するので、この3日間はピンチヒッターさんが来てくれるとのこと。

国内航空でバイラワへ飛び、そこから車でルンビニへ向かいます。

11年前にメラ・ピークを登った後に訪れたことがあって、その時のことを車で迎えに来てくれるのを待ちながら、「あの時は若い女子大生のバイトのような娘さんガイドだった」などと話すと、そのあたりに期待が集まったが、マー君たちはなかなか姿を現さない。

12時50分のフライトなので11時30分に迎えに行きますということだったが・・・。

「どうしたんだろう」と思っていると、マー君から電話が入り「ちょっと遅れます」。

しかし30分過ぎてもまだ姿を現さない coldsweats02

イライラを募らせていると、バンが到着しニコニコ顔のマー君の後ろに長身の男性が・・・。

若い女性ガイドの夢ははかなくも破れたが、顔には出さずにこやかに「よろしく」と挨拶をし空港へと向かった。

ホテルから空港へは近いので十分間に合う時間だが、約束の時間があると全体よりもその一点に集中してしまうのが日本人らしい。

空港でマー君と別れ、20人乗りくらいの小型機でバイラワへ向かう。

バイラワはインドとの国境に近く、ネパールの熱帯地帯で、飛行時間は30分ほど。

空港に迎えに来てくれたスズキのバンに乗ると、運転手君はほとんど口を開かず、広い道を遮るものをクラクションで追い散らし、オンボロ車をぶっ飛ばす。

運転経験のある者にとっては、カトマンズ市内や近郊では車の助手席に座ると命を縮めることになる。

大してスピードは出さないが、車と車やバイクとの距離が異常に接近している上、互いに横入りなどを頻繁にする。

その合図などをすべてクラクションで行うのだ。

日本にいれば月に何回もクラクションを鳴らすことはないが、カトマンズの渋滞道路では100m進むのに20回以上は鳴らすのではないか。

日本でのように車間を取ったらいつまで経っても前には進めない。

横入りや無理な右折車などには、どうしても足に力が入ってしまい、思わず「うわぁー」と声を発してしまう。

バイクは通常は多くて二人乗りだが、ここでは夫婦子供との3人乗りや、赤ん坊をも乗せて4人乗りを見るのも珍しくない

「ここは道が広いから大丈夫だよ」とSさんに助手席をすすめたが、やっぱり shock のようでした。

かつてのルンビニには大したホテルはなく、粗末なロッジで大きな蚊が部屋を飛んでいたという印象があるが、道々眺めると10年ひと昔の言葉どおりで、あちこちに「ホテル」があるようだ。

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              驚いた bleah  ここがホテルのお庭です

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               白いハイビスカスなんてのがあるんですね

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これが本日チャーターしたリキシャーで二人乗ったら壊れそうなおんぼろ車 bearing

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初めの内はバッチイ幌などにしがみついていましたが、しばらくするとバランスが取れるようになって、周りに目をやることができるようになってきました。

うまく説明できませんが、ドライバー?の操作と脚力には感心してしまいました。

この広い敷地内の重要部分には車は入れないので、このリキシャーはわれわれの味方でした、なんといっても暑いので sunsun

どこをどう回ったらいいのかはドライバー君たちが知っていて、われわれのガイドのカジ君も一緒に乗ってお客さんです。

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                 こんなところがあったのか?

敷地内には各国の寺院があって建設中のものも多く、相当数(国)のものが未完成のようです(きっと何年もの間)。

日本のように、工事を急ぐ槌音が聞こえるような現場は見あたらなかったような気がします。

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                    これは「ドイツ寺」

完成されていて、ドイツの仏教力に驚かされましたが・・・ヨーロッパの仏教については、皆目見当がつきません、発見でした。

ミヤンマー、中国、ネパールの寺院などを回りましたが、どうもイマイチ手を合わせて目を閉じる雰囲気を感じられませんでした。

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到着が遅かったので、こんな時間になってしまいましたが、むしろ過ごしやすくなって周りの様子を見るのに目を細めないでいられるようになりました。

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                      「マーヤ聖堂」です

この中に古い基石が保存され、釈迦生誕の場所を示す石の囲みのようなものがありました。

11年前は工事中で中には入れなかったので、今回は期待して訪れましたが、残念ながら信仰心皆無の輩を引き付けるようなものを感じるこが出来ませんでした。

 

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                   若い修行僧の敬虔な後ろ姿

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各国の寺院内は土足禁止になっていて、その度に靴を脱いで歩くので、裸足の人たちの足裏を自分の靴下で拭いているような不潔感があり、ホテルに戻ってまず靴下を洗濯し、靴の中を濡れティッシュでしっかりと拭きました weep

 

10月18日

今朝は一番で、昨日、場所が離れていたためか、見残した日本寺を迎えの車に乗って行ってみました。

早朝とあって中は貸切りで前面が日本の庭園風な上、建物もドイツ寺などのような派手さはなく、コンクリート作りながら多少日本の寺院の雰囲気を感じさせるものがありましたが、木造を見慣れている目には固さや冷たさが気になって・・・。

きょうはrvcarでポカラへ向かいます。

インド系のドライバー氏は、外の景色をゆっくり眺めるられるようなスピードで走ってくれればいいのに、カーブごとにクラクションを鳴らし山の中をなぜかぶっ飛ばします。

集落があると、青いシャツを着て学校へ向かう清潔な姿と行き交います。

登校中の小学生や中学生で、足元を見ると9割方はゴム草履ばきなのは暑い故なのだろう。(学制は小学6年、中学6年だという)。

ポカラへrvcarで向かう期待は、どこでマチャプチャレやアンナプルナ山群が現れるかです。

テイー・タイムでない町で車が止まり、なぜか子供を乗せるとドライバー氏がいっているという despair

どうも彼の子供たちで、10歳以下と思われる男の子とそのお姉ちゃんで、助手席に座っていたカジ君の横におさまった。

この子供たちだけと思ったら、トピ(ネパール帽)を被ったジイさんが後部ドアからYさんを押しのけるようにして、荷物スペースに乗り込んで来たのには3人ともあっ気にとられてしまった。

こんな便乗ってありなの(自分たちのスペースは変わらないが)、聞いていなかった・・・のでちょっと不満。

ジイさんは無愛想な運ちゃんの父親らしく、幸いしばらくして下りたが、Sさんが窓をもっと開けてほしいという。

ジイさんが持ち込んだ臭いで吐きそうな気分になっているというのだ。

私は窓を全開にして走る運ちゃんの後ろだったので、バンバン風が抜けるので窓をあまり開けてはいなかったが、それでも風の流れで異臭を感じなかったのは幸いだった。

Sさんは満員の乗合バスに乗っても「大丈夫」といっていたが、これで思い知ったことだろう。

しばらくしても臭いが鼻から離れないようだったので、そろそろ昼食の時間だったが、ポカラに着いてからにしようということになった。

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            簡単な作りの茶店でお茶を入れてくれたおねえさん

「砂糖は?」といいながら右の棚の薄汚れたビンを持って、スプーンを突っ込んですくうような仕草を見て、3人とも「いらない」と言わざるを得なかった。

紅茶はまるで薬草茶のような味がしたので、おねえさんがいないところで鍋を覗いてみると、濾した後の黒い粉が少しだけ残っていた、新たな味の経験をさせてもらった。

ポカラに近づいてもマチャプチャレ(6993m ポカラの象徴、マチャ=魚 プチャレ=尾っぽ)が見えて来ない。

上空は晴れていたが山の方角だけに雲があって、結局「あれがマチャプチャレだよ」と得意気に説明する機会はありませんでした。

ポカラの町は何度も来ていて、昨年も2日間くらい滞在して地理はわかっているので、ガイドのカジ君は夕方まで解放してあげることにし、3人で適当なレストランでrestaurantbeerをして、湖畔を散歩したりしてあまり考えずに過ごしました。

観光スポットもあるのですが、そこを案内するよりもブラブラ歩きの方が「らしさ」を感じてもらえると思ったわけです。

昨年はここをブラブラ歩いていてマー君とばったり会ったのでした。

夕方になっても雲は動かず、山は頭も顔もだしてくれません。

夜はカジ君に彼がお気に入りだというレイクサイドを外れた、観光客が入らないようなタカリ(族)レストランでダルバートを食べることになった。

残念ながら期待したような、われわれに合う味ではなかった。

フェワ湖を数年前までのガイドブックにはペワ湖と記してあった。

英字表示の Phewa をペワと読んだらしい。

そんな地名の日本語の誤りはあちこちにあるみたいです。

夜、星空に輝くマチャプチャレを期待しましたが、姿を現してくれませんでした。

もしかして明日もみられなかったら「何しに来たの?」ということになってしまう。

 

10月19日

マチャが気になって5時ころ起きてホテルの庭に出てみましたが、山の方角はきのうと同様に雲 cloudcloud

 


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                        朝食は庭で

 まだマチャは姿を現してくれません。

 「嫌われたのかな」とか、「しゃくだから見たことにしよう」など冗談をいいながら爽やかな朝の食事を終え、きょうは楽しみなバンディプールは向かいます。

きょうの運転手さんは若い人で感じもよく、車も清潔そう。

トレッキングの含めて、今までの車は個人所有のもののようでしたが、今回の車はトヨタの新車に近いようなもので、会社所有のもののようでした。

(見えない山に)後ろ髪を引かれる思いで車に乗り、ホテルを後にしばらく走ってから左側に目をやると、なんとマチャプチャレとアンナプルナ山群が現れていたのです。

「ホラ あれだよsign03

運転手君が気を利かせて、広い駐車場の外に車を止めてくれたので、なかに入りしばし見上げて感動に浸りました。

お二人はすかさず売りに現れたおじさんからパノラマ写真を買っていました。

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                これは昨年同じ場所で撮ったもの

Yさんは2008年の時にイヤというほど見たものと思っていましたが、車内で話を聞くとこの景色は「見てません」という???

そのため、マチャプチャレをバックに写真を撮ってあげていませんでした。

きのうの運ちゃんと違って、きょうのお兄さんは運転が丁寧でクラクションをあまり使いません。

バンディプールというところを紹介しているガイドブックは見当たりませんが、ここについては長年世話になっているDACの後輩S君(広島在住、マハビール君は彼のパートナー)に観光地でないようなネパールのいい場所を教えてほしいという希望に、彼が計画に入れてくれた町です。

ポカラ⇔カトマンズ間のハイウェイを2時間ほど走り、横道に入って山道を登ります(車で)。

そこには「バンディプール」のゲートがあって、そこからすぐの所と思っていましたが、結構な時間のドライブで、こんな山の中に街があるのだろうかと心配になって来ました。

れほどの距離がありました。

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           宿場町といった感じのバンディプールのメイン・ストリート

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メインストリートのレストランに入り、またダルバート(ネパール定食)を注文してビールを飲みながら食べていると、学生(短大生)たちがゾロゾロと入ってきて奥のテーブルに10人ほどが座ると、すぐにダルバート出てきて、あっという間に平らげて出て行きました。

このレストランとあらかじめ予約がしてあるようですが、ダルバートの内容は肉などはなしで、ライス主体のもののようでした。

この町の学校に昨年までは二人日本人が勤めていて、日本語などを教えていたそうですが、今もお一人が10年以上住まわれているそうです。

ちょうどその人が前を通り、「あの人」と教えられて視線を移すと、日本人離れしたヘアースタイルと衣裳を身に着けた女性でした。

ロッジにシャワーもあったので、浴びた後で汚れ物を洗濯しましたが、どうも部屋の奥が高い感じで、ドアをいっぱい押し開けることができません、ネパール建築様式とでもいいましょうか・・・。

これに限らす、壁に掛けられた額などが曲がっているのが、当初は初ネパールのSさんには気になることのようでしたが、多少はなれたようです。

こでもYさんは鍵に悩み、助けを求めて来ました。

 

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ロッジ裏にある公園は少年たちの遊び場で、ネットレスのサッカーのゴール枠があってボールを蹴っていました。

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                家の前で遊んでいたかわいい子(Yさん撮影)

この公園からはマナスル方面が見えるはずでしたが、まだcloudの中なので明日の朝に期待です。

晩の食事はロッジのメニューでは味の期待は出来そうもないので、無難なピザにしてワインを飲もうと赤ワインwineを注文すると、「ちょっと待ってください、取りに行ってきます」と言って、青年が出て行き、15分くらいして2本の赤ワインを持って戻って来ました。

「どこ製?」と聞くと「ポカラ」だというのですが、2本の差は不明なので、きれいなラベルの方を選んで開けてもらいました。

香りはどうか、味はどうか・・・wink

期待した香りはなく、酸っぱい味の強いワインでしたが、二人で難なくボトルを空けました。

青年が一生懸命に探してくれたようなので、僅かばかりのルピーを手渡しました。

バンディプールを調べる術を知らず、インターネットを探っていて「ネパールの空の下 -けぇ がるね?日記-」に行き当たったので、その記述の一部を転記させていただきます。

『バンディプールは、ネパールに、車による移動のための国道が出来る以前、徒歩による交易や政治の要所として栄えた宿場街である。

1973年に、川沿いの平地を通る国道が完成してからは、山の上のバンディプールは、「忘れられた街」となった。

・・・19世紀初頭バクタプールから移住して来たネワール族の商家が立ち並んでいる。歩いても、端から端まで5分程度。

車やバイクは、街中への乗り入れが禁止されている。』

10月20日

早起きして3人で公園へ行ってみましたが、残念ながら山は見えず、むなしい散歩となってしまいました。

朝食は若干期待して、メニューにあるスクランブル・エッグとトーストを3人揃ってで注文しましたが、出てきたのは甘いあまい炒り卵とトーストでした。

今日はカトマンズへ戻ります。

荷物をザックに詰め、部屋を見回して「忘れ物 ナシ」と確認して車に乗りカトマンズへ向かいました。

舗装道路からロッジまでの道はオフロードで、昨日そこにゲートのようなものがあって、お金を支払っていました。

そこを通過しようとした際に、係のおじさんがわれわれの車を呼び止め、運転手君に何やら。

カジ君が、「だれかロッジにカメラを忘れましたか」という。

私でしたshock

あの青年が見つけてくれて持って来てくれましたのです。

感謝の気持を今回もわずかなルピーを手渡しましたが、とっさのことで少額紙幣だったのが悔やまれます、ゴメン。

カトマンズ郊外に近付くと毎度の渋滞で、ホテルに着く前にどこかで美味しいダルバートを食べたいとカジ君に話すと、「わかりました」ということでしたが、しばらくすると「あと20分でホテルに着きます」という???

仕方ないbearing  揺られて疲れたし、ホテルで食べることにしました。

このホテルにはレストランと「そば処」があって、ガイド・ブックにはそれなりのものと記してあります。

4人とも「てんぷらソバ」に一致し注文しました。

ソバもてんぷらも量は多めで、てんぷらは揚げたて美味しい。

ソバはどうか、色はいいが味は・・・。

ソバの美味さを決める大切な要素に「茹で加減」があと思うのですが、残念ながら台無しweep

カジ君は2度ほど日本に滞在して、日本食は好きだといっていましたが、てんぷらは完食したものの、ソバにはほとんど箸を付けませんでした。

結局カトマンズ最後の夜もホテルのレストランで寛ごうということになってしまいました。

ガイド君が、明日は13時30分のフライト時間に合わせて、10時30分にマハビール君の奥さんと迎えに来て、空港まで送ってくれるということでお役御免としました。

 

10月21日

朝食前にカトマンズの朝の様子を眺めようと、エベレストホテルのある広い通りに出て、車などの混雑ぶりを観察しましたが、さすがに早朝はそれほどではないものの、大小の乗り合いバスが続々と集まり、中心部へ向けてと思われる乗客を拾っていました。

荷造りをしてロビーに運び新聞を開いて、「柏レイソル」が首位と知り思わず一人で拳を丸めて満足するも、迎えの車は10時半を過ぎても到着しません。

「マー君の奥さんはどんな人だろう」などといった話題が消えて、11時になっても15分過ぎになっても来ないので、業を煮やしフロントへタクシーを頼んだところにやっと到着 angry

あの渋滞を予測しなかったのだろうか、どうも遅れたことを申し訳なく思っているような様子がないのが不思議、最近の日常茶飯事なのかもしれない。

これまでの経験では、空港への送り時間が遅れたということはなかったように思う。

旅の終わりだ、「ま いいか」ということしよう。

 

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           空港まで見送りに来てくれたマー君の奥さんとYさん

国際空港の建物内にネパールの一般の人は入れないので、窓越しに手を振ってのお別れとなりました。

またいつの日か・・・paper

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この写真は空港でマハビール君の奥さんから手渡されたものの一部です。

枚を一緒に写したもので、彼の出身地の学校の校長先生が撮ったものだそうです。

左上が校舎で、後の3枚は学校の備品のよう、右上がドラ?で下は地球儀と時計です。

2008年のトレッキングの際、千葉のMさんが店にDonation Boxを置き、集まった1万何千円かに加えて参加者にも協力してもらい、なにがしかのお金をマハビール君に渡したところ、『故郷の学校に顕微鏡を買って贈りたい」いっていたのですが、顕微鏡が手に入らず地球儀などになったようで、律儀にもこうして写真を撮ってくれたというわけです。

世界最貧国の一つであるというネパールへは、ただ行くことくらいしか役立てていない私ですが、こうして同行した皆さんの善意が、小さいながらも形となってネパールにあるということを一緒に喜びたいと思います。

                         ★           ★           ★

 

10月21日~23日

夜6時過ぎにairplaneバンコク着。

ゲートを出るとすぐに「イマナリ サマー」という黄色い声が聞こえて来ました。

バンコクでのガイドさんとの出会いです。

若い女性が二人で出迎えてくれ、その内の太目の女性のナさんが担当でした。

カートに重い荷物を三つ乗せ、Sさんが彼女たちの後に続きますが、驚いたことにカートごと降りられるエスカレーターがありました、これってフツーにあるものでしょうか。

ハイウェイをぶっ飛ばしてホテルへ向かう車内で、「洪水」の様子を聞くと、この辺は「大丈夫」という。

しかし、高速道の下などに異常な数の車が止まっているので尋ねると、「避難して来た」車だそうで、滞在中、市内のあちこちに沢山の駐車が目に付きました。

チェック・インしてすぐに夕食だというので準備し、市内のレストランへ向かうことになりました。

メニューは一押しの「タイしゃぶ(鯛のしゃぶしゃぶではなく、タイ国のしゃぶしゃぶ)」というもので、Yさんは3度目のタイらしく、以前に食べたことがあるそうですが・・・。

肉はなんの肉か?

コンロの上のしゃぶ鍋に係の人が、湯らしき中に何種類かの野菜と肉らしきものや、キノコらしきものや、餃子らしきものやそれらしきものをこれでもかとぶち込んでいきます。

beerを飲みつつ待っていると、また係の人が出て来て、それぞれの茶碗に煮上がったものを盛ってくれました。

タレは2種類あって、赤いピリカラとただのショウユみたいなもの。

野菜をショウユをつけて食べてみるが、やっぱりただのショウユ味なので、ピリカラの方がマシ。

餃子に見えた白いものを口にしてみると、Yさんがいうように「練りもの」で、野菜以外はほとんどそれで、私の椀の中に肉らしきものを見つけることは出来ませんでした。

そしておしまいに鍋にご飯を入れ、なにかを足してオジヤを作ってくれましたが、これは練りもののダシが出て美味しいものでした。

日本で「タイしゃぶ」を味わうのは簡単ですが、おすすめ出来ませんね。

高速道路から「紀文」の工場を見かけました。

エビなどの養殖場はいたるところあるようだったので、あれは「キブン推奨なべ」と呼んだ方が良さそう・・・。

バンコクを発つ晩にも他の店で「タイしゃぶ」を食べましたが、鍋の形の違いだけで中身とタレはほとんど一緒でした。

一番美味しいと感じたのは、Yさんと一個ずつ注文した、バッチリ冷えたココヤシにストローを入れて飲んだジュースでした。

二日目の晩は飲茶のバイキングでまあまあとはいえ、タイの味がする(材料の問題だと思いますが)中華でした。

ネパールで食べた日本料理も同じことが言えて、今までに食べたどの店もネパールのある味を感じるものでした。

バンコクの旅はエージェントから派遣されたガイドのナさんにお任せで、食事などは周りで目に入ったものなどを別料金で注文しました。

ナさんは職業柄お土産店などに案内されましたが、3人が貴金属などに興味がないと知るといい加減で諦めてくれたようです。

Sさんのみが初バンコクなので、二日目は一とおりの観光を組んでもらっています。

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まず、水上マーケットへ。

護岸のコンクリートが水に沈んでいるのは(この写真ではありません)、洪水の影響だったのでしょう。

41年ぶりで、こんな所ではなかったような記憶にちょっと戸惑いました。

ふと、もう旅は終わったなといった感情が湧いてきて、この写真一枚きりでバンコクでの撮影を止めることにしました。

ネパールでの期待と緊張の糸が切れて、空を漂う凧のような状態になってしまいました。

この日は月並みな観光をし、3日目には追加観光でパタヤへ足を延ばしましたが、渡った島のビーチにあったチェアーに寄りかかり、それとはなく居眠りなどをして過ごしたような状態なので、ネタがないわけではありませんが、バンコクの旅はこの辺で閉じさせていただくことにします。

中途半端な感じでで申し訳ありません。

 長い記述を最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

                              2011.11

                                                                      S. Imanari

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2011年10月30日 (日)

2011 ネパール/トレッキングと旅 ①

 

                  ランタン谷を行く

 

  (写真をクリックすると拡大されます、戻る時は×ではなく左上の ← をクリックしてください)

 

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ランタン谷というと、テイルマン(1898~1977年)の「世界で最も美しい谷のひとつ」という言葉が思い浮かぶ。

 偉大な探検家・登山家といえどそこまで断定できるものか、いつどこで言った言葉なのだろう・・・。(1949年にランタンリルンのルートを探して谷を詰めた時の報告書に記されたものらしいが、前後の文章を読んでみたいといった気持を何十年も持ち続けて来た自分です)

 私は低い山より高い山が好きです。

若かりし頃、「山高きが故に貴からず」という言葉が理解出来なかった。

 山は高い方がいい、登る意欲を盛り立ててくれるし崇高だと感じていた。

 後年、その後文に、「樹有るを以って貴しとなす」という言葉が続くのを知ってバカバカしくなってしまった。

 当時、高い山を好む輩を揶揄する言葉として使われていた観があって、それ以来引用語・引用句にはある疑いを持って接することにしています。

10月8日 Kathmandu (カトマンズ)着

 今回のメンバーは3人。

旧千葉グループの女性のYさんは今回で3度目のネパール。

 Sさんは初ネパールで、山歩き経験は何十年か前に会社の行事で登った富士山と、今回に備えて私と歩いた日向山(自宅が麓にある)と奥多摩で、装備も私の使い古しのザックなどを除き、上から下までほぼ新調。

 そしてガイドは毎度のマハビール君

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10月9日 sun

TATA(インド製自動車)の四駆でKTMを出発し、Trisuli(トリスリ) で昼食。

今回は極力現地ネパール食をたべたいとガイドのマハビール君にお願いしていて、昨夜もその予定だったがダサイン(長期の祭り)でいい店が開いていないということだったので、やむなくタメル(観光客街)でピザを食べた。

トリスリという地名は何十年も前の日本マナスル時代から耳にしていた地名で親近感があり、その頃はトリスリ・バザールと呼んでいたように思う。

賑やかな町、ここはまずダルバートをお願いした、チキン付きで。

チキン以外のライス(インディカ米)、ダルスープなどは食べ放題。

 (ダルバートの写真等は昨年の「西北ネパール探査・トレッキング ③番外編をご参照ください)

この味に同行の二人も安心した様子。

しばらくするとオフロードとなりラフロードになり、危なくて話も居眠りも出来ず歩いた方がマシといった感じの疲れよう。

運転手は高いボンネットで前が見えないため時々降りて確かめたりする。

モンスーン期の出水で崩れた箇所もあって立ち往生もしばしば。

急な登りで水が流れていて滑るような道を、何度も勢いを付けてアクセルを吹かして登るがイマイチ力が足らない。

崩れた道の修理などを待つ間(何台もの車やバスが止まり、地元の住民らしき人たちが道路を整えてくれていた)、車の前のプレートを見ると「4weels drive」の横に小さ「accessory」とあった。

なんとこのTATAは2駆だったのでした。

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  シャフルベンシの街並み

一般車両はここまで。

これだけ揺られた旅は、9度目のネパールでも初体験でした。

「蔵」ナンバーの中国車が、広い道路作りに砂煙を上げて走り抜けて行きます。

ネパールもチベットや新疆ウィグルの様に漢族の軍門に下ってしまうのだろうかangry

シャフルベンシの新しいロッジはシャワー・トイレ付きだったが、お湯はいつまで待っても出てこなかった。

これがネパールです。

期待していません。

 

10月10日 sun

きょうの予定は ラマ ホテル(地名)まで。

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                        対岸の崖 -これはなんだ? 蜂の巣らしい-

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 バンブーの茶店

バンブーは地名だが、バンブーは竹で英語、かつては竹が生い茂っていたそうで、それを英語圏の人が「Bamboo!」といったのが集落名となったのだろう。

しかし、以前に土砂で流されたとかで、今は竹はほとんど見当たらなかった。

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こんないい道が続いて欲しかったがほんのわずかしかなく、樹林帯の右岸をひたすら登り、少し下ってまた登るの繰り返しで高度を徐々に上げて行った。

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                                        樹林帯に突如現れた雪の峰はLangtangⅡ(6561m)

Langtang(ランタン)谷の最高峰はLangtang Lirung(ランタン リルン 7246m)で、幾度かの失敗と犠牲を乗り越えて1978年に大阪市立大隊が初登頂した.。

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ラマ ホテル(2340m)という地名は月並みな想像どおりで、最初にラマ(僧侶)が経営したホテル(ロッジ)があったことで付いた地名らしい。

現在もそれだというロッジがあったが、後発のいいロッジが周りに出来てしまい、お気の毒にもひっそりとしていた。

10月11日  sun

ランタン集落(3500m)へ向かう。

Lang Tang はもちろん英語のランタンではなくチベット語らしい。

本日の標高差は約1200m、高度の影響が出る可能性が高いので、メンバーには「頑張らないでいつもの歩きの6、7割の力で怠け歩きをしましょう」とお願いし、昨日から高所での呼吸法も練習してもらっている。

Yさんは私が主催した1回目の「エベレスト遠望トレッキング」では頭痛に悩まされ、タンボチェまで行けずにナムチェで待機という屈辱?を味わった。

今回はその悔しさを晴らすべく、高山病予防薬(そんな便利なものがあるかは不明。私はその代表格のようなダイアモックスを服用したことがあるが、私には何の効果もなく夜中のトイレ通いに悩まされた上、帰国後尿路結石でのたうち回らされただけだった。効果より副作用に負けた)や鎮痛剤などをしっかり持参したようだったが、薬を用いずに呼吸法とゆっくり歩きを実行してくれるようお願いした。

先頭を歩くガイドのマー君(マハビール君39歳)に、ゆっくりゆっくり歩くように頼んだ。

彼はゆっくりゆっくり歩いてくれているように見えるが、私の思う「ゆっくり」より少し早い。

ネパール人にこれ以上ゆっくり歩いてもらうのは不可能とみて、メンバーに自分のゆっくりペースで歩くように声をかけた。

そして、マー君には「休憩時間は短くていいから、歩く時間も短くしよう」ということにした。

行動中は余計な口出しはせずに彼にずっとまかせて来ている。

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                                        樹林帯を超えると谷が広く開けて

                                          オオッsign01

奥の方に雪は着いていないが立派な山が見えて来た(写真はボケているが)、手前がランタン集落だ。

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小さなロッジの前で一息入れていると、若い母親の膝の上で男の子がいろいろ歌を大きな声で歌っていた。

元気な子だなぁと思いながら聞き流していると、「う~↑ん?」何やら聞いたことあるメロディーnote、といえば、ハイscissorsそれは「レッサン フィリリ」でした。

一回目の「エベレスト遠望トレッキング」のテーマ・ソング風になった歌で、歌詞はボクちゃんとは違ったが一緒に「レッサンフィリリー レッサンフィリリー ウーラマジャンキー ダーラマバンジャン レッサンフィリリー・・・」などとYさんとボクちゃんと3人で歌い、めっちゃ楽しい気分になった。

楽しくさせてくれたお礼にと、Yさんが渡したキャンディーを手にして喜ぶ親子の笑顔がこのとおりです。

いくつかの集落で「チョコレート」といって手を出す子たちが哀れなので、毎回メンバーには対価としてではない物はあげないようにしてもらっている。

これは喜ばせてもらったのだから立派なお礼だ。

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                  ドライフラワー寸前のエーデルワイスの仲間

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         Pict0062_800x600_2         

                      対岸の山をバックに

10月12日  きょうもsun

今年のモンスーン(雨期)明けは遅かったらしく、10月初めまで雨が降ったりしていたというが、カトマンズに到着して以来晴天が続いている。

今日はランタン谷の終点(人が生活している)キャンジン ゴンパ(3800m)までで、歩く時間も短いらしい。

富士山を超える高度になるので、二人には昨日同様にゆっくり歩きと呼吸法の実施をお願いした。

これまでの二人はいたって元気の様子。

Pict0069_800x600               

                          これは何だ

  Pict0084_800x600 

                       これです wink

高度が上がるとヤクとゾッキョ(ヤクと牛の一代交配)の世界でいつの間にかヤギなどの姿は消えていた。

きのうまでは行き交う人も多かったが、きょうはめっきり減った感じがする。

ランタンまでのトレッカーもいるのだろうか。

追いつかれた人に道をゆずると英語圏の人たちなどは「サンキュー」といってほほ笑む。 

「グッモーニン」と挨拶すると「モーニン」とか「ハーイ」いった言葉が返り、道をゆずってくれた人たちに「サンキュー」というと、「ユア ウェルカム」と笑顔をくれる。

これが一般的だが、ゆずっても挨拶しても知らん顔のグループと時々出会う。

聞いたことのない言葉で大声でしゃべっていることが多い、イスラエル人の若者たちである。

前回の「しゃくなげトレッキング」の際も不愉快な思いをさせられた経験がある。

かの国には兵役があって、それを終了してかしての有給休暇のようなものがあって、なぜかネパールにお出でになるらしい。

どこだったかの茶店で休憩していると、下山中で休養しているらしい彼らの集団が隣りのロッジにいて、二人、三人と上半身裸になって洗濯したものをロープに掛けて干しだした。

ここまでは許そう。

続いて、なんとパンツをロープに干したのには不快になり、イスを反対に向けた。

女性もいたが、さすがに裸にもならなかったし下着を干したりもしませんでした wink

 

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                           ランタンリルン

キャンジン ゴンパに早く着いたので、きょうは「ゆっくり出来るな」と気を緩めていたら、「アイス・フォールを触りに行きましょう」とマー君がニコニコ顔でいう。

二人とも体調は良さそうなので、一息入れてからゴンパやヤクのチーズ工場に寄ってゆっくりと向かった。

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初めて間近にアイス・フォール(後ろ)を見た上、4200mの新高度経験に満足気なお二人。

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                            対岸の山々

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                                                 アイス・フォール見物帰りの余裕

この高度でも二人はいつものとおりに元気、ゲンキでした

周りを見ると裏山(4300mくらいか)を登る人影が見えるが、あそこまで登るのも結構ありそうに思える。

このトレッキングには、カトマンズで買った1リットルのウイスキーを持参し(といっても、ポーター君にお願している荷物の中に入れている)、Sさんとチビチビ寝酒にしている。

高度が上がると酔いも早いので、意外とボトルが空かない。

各部屋には簡単なkey南京錠が付いているが、泊まる度にYさんの助けを求める声が聞こえてくる。

確かに日本製のように簡単には開け閉めは出来ない代物だが・・・。

Yさんは料理については何でも知っているといった感じで、聞いたことにはそれ以上の答えをしてくれるが、「機械オンチなんです ワタシ」という。

 結局帰国するまで1日一回以上は助けを求めていたように思う bleah

 

10月13日  またまた sun

きょうは3800m近辺のお散歩と思っていた(当初の4000m超えはクリアしたので)が、昨日のアイス・フォールに続きあの山へ登ろうという。

名前(ツェルゴリというらしい)は覚えられないが、谷が開けた時に見たカッコイイ山(4900mを超える)を登ろうというのだ。

まさかだったが、二人とも高度の影響はないようなので、「行ってみようか」ということにした。

調子が上がらなくて元々だ、引き返せばいい。

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                          これは何?

ナスカの地上絵の実物を見たことはないが、何かそれに似た河原の様子。

これは滑走路airplaneで、何年か前に使われたそうです・・・

このランタン谷へ今ではカトマンズからヘリで来る人たちもいるといいいます、人それぞれです。

かつて山好きだったという橋本竜太郎氏は、プーンヒル辺りへはヘリで行ったともいう・・・。

 トレッキング・コースに自動車道が出来たり、適当な飛行場が出来るとその街道はほとんどすたれてしまうことだろうが、ここはエベレスト街道のシャンボチェと同様に高度があるので、現地の人しか利用できなかったのかもしれない。

ンタン谷は歩いてこそその美しさを味わえるのだと思う。

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高い雪の山ではないが剱岳と槍ヶ岳を一緒にしたようなこの姿に少し見惚れた。

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                 見上げる    (Yさんのカメラでマー君の撮影)

Sさんには何年も前から、「ヒマラヤの高い山はいくら想像してもそれより高くて大きいよ」、それに「日本の山は目を動かせば全部が見えるけど、ヒマラヤは顔を動かさないと見えない」と話していた。

納得してもらえただろうか。

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Sさんは4500mでリタイアしたが、ここで止めては山の先輩であるYさんのコケンにかかわると思い、もう少し行けるところまで行ってみることにした。

後ろの真ん中がピーク。

この山の中腹に見事なトラバース(横切り)道がついていて、それはヤラ・ピークへ行くルートだという。

早くYさんがギブアップしてくれないかと思うほど私も疲れて来たが、マー君が向こう側が見えるあそこまで行きましょうというので、体がいうことをきかないがもう少し頑張ることにした。

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                     そこから見たランタンリルンの雄姿

達した高度は約4750mで、元気印のYさんは相当疲れた様子ながらもよく歩いたし、満足してもらえたことと思う。

私もギブアップ気味で、ここが今回の最高度地点となりました。


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                       フラつく足にこの下りは厳しい

倒れそうになり、ときどき後ろを歩くポーター君に肩をつかまれたりしての苦行、それでも私はザックを担いでいます。


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疲れきってもカメラには scissors

通常、4000mを超えて行動する時は、3500m近辺の高度で高所に順応するために、

日滞在して体を慣らすものだが、きょうの行動には相当に無理があったと言わざるを得ない。

それでも4500mを超えられたのは昨日の歩き方の効果だろうが、しかし無理は危険だ。

 

10月14日  sun

二日滞在したキャンジンゴンパに別れを告げる日が来てしまった。

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             ランタンリルンをバックにロッジのオカミさんと私たちのスタッフ  

前夜、このおばちゃんが「今夜はみんなでダンスをしよう」というので、われわれはその気になったが、マー君に確かめると「冗談」ということだった。

 キャンジンゴンパのこのロッジはこじんまりとしていて、2室しかなく部屋の前が食堂でそこにスタッフが寝泊まりしていた。

夕方になると冷えて、ストーブを点けてもらった、焚き付けはもちろんあのヤクの糞だが、焚き木は貴重品らしく長くは燃やしてくれなかった。

夜中に外のトイレに行く時に、毛布にくるまって床に寝る彼たちを見るのはつらい。

ラマホテルからのロッジはいづれもトイレは外で、ペーパーは流せないが脇に置いてある桶の水で流す水洗式に不潔感はない。 

しかし、流れ物の行方は何処へ・・・浄化槽などといったものがあるわけもない。

外のトイレもいいもので、moon1と☆shineの明かりでヘッド・ランプもいらない。

どこのロッジの屋根にも小さなソーラー・パネルがあって、短い時間だが薄明かりに不自由しない。

(驚いたこと:ロッジの食堂の壁に地図が貼ってあって、マー君がその薄暗い明かりの中で、山の標高を○○メートルとスタッフに説明をしていました。朝、明るいところで確認しようと老眼鏡をかけて見ててみましたが、小さなツブが見えただけでした。マー君の視力と、暗闇でも見えるということは脅威でした、これなら闇夜でも山道が歩けるかもしれない、と思ったりしました。)

今回のスタッフはガイドのマー君とポーター君3人だが、一人のポーター君はシャイで、どの写真にも顔を出さない。

中は毎朝ポットにお湯をもらい、粉末スポーツ飲料を溶いて飲んでいるが、周りの外国人たちは茶店でお茶をするのが習慣らしい。

また、われわれには毎朝部屋にモーニング・ティーと洗面器にお湯を入れて運んでくれるが、他のグループにそんな様子は見えなかった。

それに外国人たちは食事はロッジのメニューから注文しているが、わが方はマー君とポーター君がわれわれの好みに合わせた?ものを作ってくれる。

しかし、なんといっても量が多く後からあとから出てくるので、好意を断るのに気が引けたが、朝は「オカユだけで十分だよ」ということにした。

麺類もラーメンと焼きソバもどきが出てきたが、麺に対する茹で加減などの我々との溝は深く、一度口にしただけで3人とも閉口し、アルー(じゃがいも)とチャパテイーにしてもらったりして、3日目あたりからやっと残さずに食事が出来るようになった。

 

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この経文を刻んだマニ石を積み重ねて作られたランタンとキャンジンゴンパ間の長い壁?の長さは100mや200mではなく、20~50mくらいで何メートルかの間隔が空くが、1キロは優に超えるのではないだろうか。

動物の侵入を防ぐ石積でもこんなに長いものはないように思う。

これは「世界で最も長いマニ石の壁」だと思う、だだし私はネパールの一部しか知らない。

が豊富なネパールとはいえ尋常な長さではない、厚い信仰心が作ったものだろう。

 もちろん道は両側にあり、その左を歩くのがこうしたものの横を通る際の習わしだ。

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                  家畜用の草を刈るランタン集落の人たち

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                          水力(流れ)を使ったマニ車、1回転で経文を1回読んだ功徳があるという

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日本のつり橋は「一人ずつ渡ってください」と書いてあることが多いが、ネパールではこのとおり、時に羊などとすれ違ったりもる。

ロッジや売店用の物資の荷揚げのポーターは、大体30キロくらいを担いでいるらしい。

それでも我々より歩くのは遥かに早く、それも大半がサンダルかゴム草履で靴を履いてる方が少ない。

現在の日本人はとてもマネすることは出来ない。

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                    Yさんが見つけてくれたフウロ

10月14日 sun

ラマホテルで二人の日本人おじさんとロッジのレストランで隣り合わせた。

話をすると福岡から来られたそうで、年齢は67歳、このランタン谷を皮切りに一か月かけてエベレスト街道とアンナプルナ方面の3コースを歩くとのことだった、その後どうされたか・・・。

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 ラマホテルの朝


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連日のようにオヤジ・ギャグで二人を悩ませてしまいましたが、特にYさんは山では師妹関係にあるため、あまり嫌な顔も出来ずお気の毒さまでした、その場を明るくしようといった意図でやってたわけなのでご勘弁ください。。

この写真を見てイッパツthunder

私の後ろの窓をごらんください、「ブラがぶら下がってます」 この程度ですhappy02

四日かけて登ったコースを二日で下ります。

行きには立ち止まったりして、「すごい 滝だ」などと見上げた風景を軽く見流してシャフルベンシへ。

こうして楽しかったトレッキングを終えました。

行きに泊まったロッジは満員だそうで、町はずれのロッジに落ち着きました。

トレッキング中のロッジはほとんどが二人部屋で、Yさんはお一人で、Sさんと私はずっと同室でした。

今日の部屋はベッドが四つあったので、荷物を広げてゆったりと横たわれました。

夕食前には久しぶりにbeerで乾杯して、なん日ぶりかのチキンを口にし、お互いに感謝の言葉を交わしました。

 

10月16日 

シャフルベンシの朝、乗り合いバスの乗客はこのとおり。

行きにもこうした風景をフツーに見送ったが、あのガタガタ道で振り落とされない技は日本人にはもはや持ち合わせないだろう。

カトマンズ市内の交通混雑といい、こうした光景にはエネルギーを感じるよりも、この国の不足と秩序のなさが生んでいるような気がする。

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カトマンズへの車は本物の四駆でした wink

今度も昼食はトリスリの同じ店でダルバートを食べました、この味なら1日に1回は食べてもいいかな、そんな味というかトレッキング中の食事がそう思わせてるのかもしれない。

カトマンズ市内は大交通渋滞、四つ角の2方にはバイクがすきあらばといった感じで発車待機している。

信号ではさばききれない複雑な流れがあるようだ。

カンティパットなどの大通りは一方通行になってしまっていて、以前はあっても役目をは果たさなかったセンター・ラインの代わりに、小型のテトラ・ポットのようなものが置かれたりして一応の秩序が保たれているが、このままでは間もなく動きが取れなくなってしまうことだろう。

環状線のような道路も出来ているようだが、現在の道の上を走る首都高のようなものを作らなければ解決すまいと素人考えに頭を巡らせた。

カトマンズの北の方角から、市内の中心部を通って南のホテルへ戻るために1時間以上を要した、真昼間にであるshocksweat01

この日はマー君にお宅でのダルバートの招待をされたが、疲れたし・・・でホテルでワインを空けながら不本意だが日本食に甘んじた。

このホテル(Sunset View)は日本人の経営らしく、客はほとんどが日本人のようだった。

 

明日からルンビニ⇒ポカラ⇒バンディプールの観光の旅に出かけます。

その模様は  でお伝えします

 

                                    



 

2011年9月27日 (火)

「青春 かながわ校歌祭」

9月23日

                  「青春 かながわ校歌祭」

           神奈川県立高校の集まりで、第6回を迎えるという。

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自分としては母校の校歌に憧れもノルタルジーもないからか、その方向には目が行かず、こういう催しがあることを知りませんでした。

8月の「山」の時に、仲間のS藤君がこの舞台で母校の「応援」をするということを参加者に告げました。

詳しく聞くと、校歌には応援が付き物らしく、指揮とは別扱いで舞台上で「応援」をするらしいwink

彼は元早稲田大学応援団の副団長であったことから白羽の矢が立ったらしい。

それも、わが兄より依頼されたと聞き、全くといっていいくらい興味はなかったが、義理と友情が混じった複雑な気持で神奈川芸術劇場(横浜 みなとみらい線 日本大通り下車)へ行くことになった。

三酔会のH林君と打ち合わせて、母校の出番の30分くらい前に現地で落ち合おうということにした。

「日本大通り駅」の外に出たら、そこは、なんだかまるで「香港」だった。

右も左もわからない元神奈川県民weep

われわれはただの見物人だが、山のマドンナズ3人が舞台で歌うとのことなのでcameraを構えて登場を待った。

たいていの学校の出演者は、男は黒系のスーツか学生服にYシャツで、女性組もそれに準じた清楚な衣装がほとんど。

            そんな中で異彩を放っていたのはわが母校であった。

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              ハチマキ姿のS藤君とスリー・マドンナズ

 

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                   白い衣裳は現役学生

祭には24校が参加していた、県立高校って何校あるのだろう。

1部と2部に分かれていて、早めに着いたので2部を初めから見物させてもらった。

旧制高校のバンカラ風を予想していたが、多くは「昭和風」で声を力任せに張りあげるのではなく、流れに乗って歌われていた。

11/24もの他校校歌を鑑賞するのは難しい話で、ついつい校歌以外の馴染みのある曲が歌われると、気持が休まるというかホッとしたのが事実だった。

(校歌はあっても応援歌のようなものがないと、ポピュラーな曲を歌うようだった)

しかし、「校歌祭」はコンクールではないので参加者が大満足し、聞く人たちが気分よくなればいいのでしょう。

中には100人を超える「合唱団」もあったが・・・これはどんなものかthink

締めに「仰げば尊し」と「ふるさと」を会場全体で合唱することとなった。

「仰げば尊し」を歌うのは50何年かぶり、それでも3番までほとんど覚えている不思議bleah

今は歌われないこの「卒業歌」の歌詞の意味を理解して歌ったことはないが、あのメロディーにジーンと来て不覚にも目が曇ってしまった。

続いて「ふるさと」と来たら・・・。

オヤジ心をくすぐられたENDでした。

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            打ち上げの後で二次会に集まった10期の面々

舞台で歌いもしないのに、飲み会ではしこたまいただいて、電車を乗り越しやっとの思いで日付が変っての帰宅となってしまいましたです。

 

2011年8月25日 (木)

木曽駒ヶ岳へ

8月21日(日)

今回も貸切りバスでの山旅。

ところが、6時少し前に横須賀の女性幹事I原さんからphonetoがあり、「バス会社から、今朝はロープウェイが動いていないと連絡があったのだけど、どうする?」

新宿乗車組以外はもう家を出ただろうし、『中止』なんて・・・、行ってみなけりゃわからない・・・ここは楽観的に考えて、『取りあえず新宿まで来てもらって、そこで決めましょう』ということにしました。

10分もすると、またphonetoが鳴りました。

今度は今夜の宿泊予定の山小屋・宝剣山荘からで、「雨が降り続いていて、ことによったら道路が・・・お出かけいただくとしたらその辺をご考慮いただきたいのです」と。

山小屋からこういう連絡を受けたのは初めてでした。

鄭重にお礼をいって、「後ほど連絡します」ということにしました。

チャーターbusは横須賀始発⇒横浜経由⇒新宿駅西口が8時。

全メンバーが顔をそろえたところで、現地からの連絡情報を伝え、「今日の予定の千畳敷から宝剣山荘」は中止として、いっそ木曽駒を諦めてどこかのspaへ行くか、望みは薄いけど駒ヶ根に宿を取って明日の晴天を期待するかとの提案に、後者が受け入れられてbusは駒ヶ根へ向けて出発。

結局、きょうの宿は運転手さんご推奨の松雲荘に決定。

駒ヶ根インターに近づくと、どこからか『駒ヶ根名物の「ソースかつ丼」を食べたい』という声が上がって専門店へ。

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                  しばらく外で待たされて

160グラムのカツの下に細切りキャベツがあって、ごはんにもソースがたっぷりかけてありました。

スタッフのお兄ちゃんがイマイチ気が利かなくて、ビールを注文したのになかなか運んでこない、出てきたビールはいいけどコップが汚いangry、いつ洗ったんだというシロモノpunch

かつ丼の味は期待以上のものでしたscissors

さて、本日の行動予定は、駒ヶ根を代表する?企業の「工場見学」に変更です。

まずは有名な

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              生薬とハーブの香りと試飲にほろ酔いdelicious

「養命酒」だけでなく「ハーブの恵み」という酒も造っていると初めて知りました、女性向けのお酒らしいです。

聞けば、養命酒は「薬酒」なので薬店で、「ハーブの香り」は酒店での販売なのだそうです。

宿へ行くにはまだ早いので、近くにウイスキーとビール工場があるというので、そちらに案内してもらいました。

初めて聞く名、「マルス」というウイスキーの工場と地ビールの南信州ビール。

そこでも試飲 & 試飲 delicious

そして、宿/宮田観光ホテル・松雲荘で入浴後、男組の一室に全員が集まって beer scissors

こうして8月21日は終わりました。

外はrain rain

 

そして 8月22日

外は rain

7時、木曽駒はあきらめることにしました。

じゃぁ、きょうはどうしたものか・・・。

まずは腹ごしらえ restaurant

バイキングです。

不思議なことに男組は bread cafe  マドンナズは riceball japanesetea

どういうことなのでしょう、家での食習慣どおりなのでしょうか wink

さて、これからどうするか

「運動不足だから、傘を差してでも外を歩いてみたい」というマドンナさんたちの希望があって、帰り道で何人かの人が行ったことがあるという「高遠城址」が候補に上がりました。

時間はたっぷりあるので、運転手さんのすすめもあって、まずは近くの「光前寺」なる所へ。

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             「霊犬早太郎」、 温泉も「早太郎温泉」という

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               今回の参加メンバー14名

光前寺と隣り合わせで、年中無休(美術館は月曜日休館が多い)の「駒ヶ根高原美術館」をじっくり堪能して高遠へbus

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サクラの気配は当然無いが、貸切りで静かな公園に気持を許したのか、マドンナさんたちの歌声が聞こえてきたnote

               ☆       ☆       ☆

こうして、夏の山旅は工場見学ツアーとなってしまいましたが、cloud rain の木曽駒ヶ岳に登っても喜んではもらえないし bearing こういうことになってしまいましたが、参加メンバーはそれなりに日常から解放された時間を自分のものとして過ごされたことでしょう。

不満足ですが、「横バス観光」の運転手さんの協力を得て、多少は楽しめた部分があったのではないでしょうか。

山歩きよりくたびれましたweep 自分にお疲れさま、ですwink

 

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2011年8月 8日 (月)

剱岳を登る

年間計画(三酔会)の8月の山は、20日過ぎに「剱岳を登り隊」と「剱岳を見てみ隊」に分かれて、立山周辺の山歩きを予定していました。

 

しかし、「登りたい」という声がほとんど聞こえて来なかったので、以前から「剱岳へ行ってみたい」といっていたH林くんと「行こうか」ということになりました。

 

7月の尾瀬/至仏山行の前に、8月の山は手近な「木曽駒ケ岳」に変更することにして、今回の剱岳行きを別行動隊として実施することにしました。

 

「剱岳」は、大学山岳部の新人合宿(定地)の地で、自分の山人生のスタートの山であり、国内の山では最も好きな山、あの新人時代と2回生の2年間だけで100日以上を過ごした思い出のこもった山です。

 

その山へも2002年以来登っていない・・・。

 

行こうと決めたら、いろいろなことが浮かんで来ました。

 

先月の至仏山の時は、「尾瀬に来るのも最後かな」と思ったりしました。尾瀬には高校1年生の時が初めてで、「あやめ平」から入って尾瀬ヶ原を歩き日光へ抜けました、もう半世紀以上前のことです。

 

その後、ずっとご無沙汰してから至仏山へ3回、燧ケ岳へも登ったし、今年の至仏山が「登り納め」かなと感じていました。

 

そして、剱も今回が登り納めかもしれないなどと思ってしまい、H林君以外に行きたいという人がいないだろうかと山仲間の顔を思い浮かべいて、すぐに思い当たったのが千葉隊のYさんでした。

今秋に予定しているネパール/ランタン谷トレッキングに参加の手を挙げてくれたのでメールをしたところ、即返があって3人のパーティーとなりました。

 

          ★              ★              ★

 

 8月2日(火) cloud → rain 

 

あずさ3号は千葉始発、Yさんは千葉から乗車なので自由席、新宿乗車組は指定席なので出会ったのは信濃大町駅のホーム。

P1020037a 室堂の賑わい

 

  今日の目的地は剣御前(つるぎごぜん)小屋。  

「みくりが池温泉」に寄って、「(かつての仕事仲間の)陽子さんに挨拶しなくっちゃ」と喫茶の外カウンターから覗くと彼女の姿がありました happy01

「やぁ陽子さんsmile

『あらぁ~イマナリさん、テレビtv見ましたよsign01』が挨拶だった。

  テレビというのは5月に放映された「いい旅 夢気分」のことwinkまさかのミクリで見てくれたというすごい偶然happy01  

『ソフトクリームでもいかがですか』と言ってくれたのですが、既に時計は2時を回っているので、「今日は御前小屋まで行かなきゃならないので」と別れを告げて雷鳥沢へ向いました。

 

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 ミクリのすぐ裏で雷鳥に迎えられ

  

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 雷鳥沢のテント場を抜け、浄土沢を渡って剣御前小屋を目指しました。  

下山組はたくさんいるものの、登る人の姿は見当たりません。 

数十人の団体が下りて来たので「学生?」と声をかけると『ハイ、警察学校です』との答え、全員男というのが異様で、よく見るとそれぞれの帽子もほとんどが同じでTPAとありました。  

小屋へは室堂ターミナルに着いてから、「5時ころになります」と mobilephone を入れてあります。 

予定どおり5時ちょっと前に到着、きつい登りでした。  

しかし、1958年の夏、60キロの重荷を背負って(背負わされて)死ぬ思いで登ったことを思えば軽いものです。  

そんな昔話を聞いてもらいながらの3時間でした。

すぐに食事というのを30分ずらしてもらい部屋へ。  

きょうは空いているようで、「10畳の部屋をお使いください」とのこと。 

2階に上ると10人分の布団がすき間なく敷き詰めてありました。  

今日の空模様は天気予報どおりで cloud 後 rain 日中晴れ間もありましたが、小屋に着いて少しすると rain 

食事を済ませて部屋に戻り、何度外を見ても rain    

明日の天気予報は今日と同じで cloud のち 午後から rain 

なんとか「晴れてくれ」と願いつつ、消灯の九時前に男衆はイビキを轟かせて sleepy sweat01

 

8月3日 

朝食5時から。  

目覚めて部屋から外を見ると、雨は上がっているものの剱岳の姿は見えません。 

さて 「どうしよう think 」

今回はどうしても「剱岳を登ろう」ということで、1日の予備日を持ったスケジュールにしてあります。

昨夜、「明日の天気予報でーす」と掲示板に貼られた天気情報では、明日は cloud の後に小さい sun マークがありました。

食事をして部屋に戻り、二人に「何にも見えないようでは登っても意味ないし、折角来たのだから一日延ばそう」と告げ、納得してもらいました。 

「別山(べっさん)にでも登って剣山荘へ移動しよう、あそこは風呂もあるし」と話して、のんびりと荷作りをしながらもチラチラと外の様子を気にしていました。 

5時50分、なんと、ガスが消えて「剱岳」が姿を現したのです happy01 

切り替えです happy02 「ヨシッ行こう、預かってもらう余分なものはまとめてあるよね」  

停滞を伝えて10分も経たないのに前言を翻すこととなりましたが、二人も納得してくれて外に飛び出しました。

 

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 外に出たらこの景色

 二人とも間近に剱岳を見るのは初めてのようで、「これからこの岩山を登るのだ」と思う気持はどんなものだったろう。

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                                     立山方面は龍王岳と浄土山が見え 

 

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                       室堂平と地獄谷の残雪、ハエマツの緑との模様が美しい

 

小屋を出ていくつもの雪渓(せっけい 残雪)を横切り一服剱(いっぷくつるぎ)を目指します。 

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                                                                         Photo by H林君

 

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 今回のメンバー

ルートは剱御前を経由するルート、黒百合のコル経由、剣山荘前経由の三つがあります。 

今回は若干遠回り気味ながら高低差のない黒百合のコル(小さい峠)経由で向うことにしました。  

昔から「黒百合のコル」という名に好感を持っていましたが、ここで黒百合を見たことはありません。

                                  こんなお花畑があちこちに 

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                         剱御前(つるぎごぜん)を見上げると・・・真夏の景色です

前剱(まえつるぎ)までは、トウヤクリンドウ、チシマギキョウ、ハクサンフウロ、クルマユリetc.,etc..の花々の前に立ち止まり、「久しぶり~」と挨拶したり・・・ paper 

剱岳を目指す人の多くは剣山荘から出発するようで、歩いた形跡のないこの道の草が夜露で濡れていて、先頭を歩く私の下半身はずぶ濡れです。

 

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           いよいよ前剱の登り、ここから頂上まで岩場が続きます

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 Index_005_001b  Photo by H林君

 

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                「カニのよこばい」で余裕のYさん

 

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                      そうでもなかった wink

 

カニの横ばいで若い数人のパーティーが難渋していたので、先に行かせてもらうこのにした。

一人の若い女の子が座り込んでしまって立ち上がれないでいたので、取り敢えず通過の仕方を教えてあげることにした。

「足場はしっかりしているから心配はいらないよ、クサリを離さなければ落ちることはないから、一歩ずつゆっくり進めば大丈夫だよ」

 

                     あそこが頂上     P1020089a

 

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           岩場に咲いていたミヤマダイモンジソウとミヤマリンドウ

 

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                 カニのたてばいを登るYさんとH林君

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頂上付近で事故が発生したとのことで救助隊の方が脇を追い越して行った。

              上に出るとこんな景色が・・・    

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                          頂上です sign01  御前小屋を出てから5時間 sign03

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                   scissors     scissors     scissors

 

ひと息入れて下山です。

人でいっぱいと思っていた頂上には4、5人の姿したなかったのは、時間が遅い?からだったのでしょうか。

前剱辺りで会った下りの二人連れのお兄ちゃんは、3時に剣沢のテント場出たと言ってました。

Yさんが「道は見えたの?」の質問に、「何回も間違えました coldsweats01 」

剱岳は難しいところでの渋滞を防ぐため、カニの・・・などは登りと下りのルートが分かれています。

 

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頂上付近で事故を起こしたのは仙台市に住む昭和10年生まれの男性(大声のトランシーバの交信がいやでも聞こえた)のようで、転倒して頭を打ち相当の出血はあったものの、歩行は可能のようで救助隊の力を借りてゆっくり歩いていました。

その隊の通過待ちを30分ほどしましたが、我々には疲労回復の時間だったかもしれません。

登りに見た花は夜露に濡れて今ひとつ元気がありませんでしたが、何時間か陽に当たって見違えるように生き生きとしていました。

 

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そんな高山植物に励まされながら、出発点の剣御前小屋にたどり着いたのが4時ちょっと前 bearing 

預かってもらった荷物を受け取り、今夜の宿「雷鳥沢ヒュッテ」へ。

「今、御前小屋の前にいてこれから下ります、遅くなりますが行きますので」とmobilephoneして再出発です。

きのうは我々の前を登る人はなく、きょうは前を下る人の姿なし gawk

室堂では定宿の「みくりが池温泉」に泊まるつもりでいて、4、5日前に連絡したところ「満室」 weep

ではと「雷鳥荘」へtelephoneしたら、ここも「満室」で「雷鳥沢ヒュッテ」に初泊まりということになりました。

spa に入りたいが到着時間が時間なので、「先に食事をしてください」と言われそうだねなどと話しながら着いたのが5時半過ぎ。

どういうわけか、「7時までに食堂を片付けたいので、申し訳ありませんがお食事を」と言われ、「旅館じゃないしな」ということで納得 gawk 

定員8名の部屋に3人でゆったりの個室です。

缶ビールしかないと思ったら 「生beer あります」の貼り紙が scissors

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遅刻組は別テーブルが用意してあって、そこで beer を注文してカンパーイ sign01

時間がないのでお代わりは遠慮することに weep

食後、入浴時間がずれたので、風呂はどちらも貸切りに満足しましたが、やっぱりspaはミクリがいいなぁ happy01 

そして、部屋に戻って湯上りに缶ビールでカンパイしましたが、やっぱりビールは食事前の方が美味いようです。

 

8月4日

朝風呂を浴びて朝食。

天気はどうか? きのう登ったのは正解だったか? 

きょうは特別の予定がなく、「一ノ越まで行ったら、晴れていれば槍や穂高なんか見えるけど、行ってみる?」という提案には、「行って曇ってたら意味ないし・・・」と消極的な返事だったので、二人とも歩いたことがない(それは私が案内していないということ)という「地獄谷」⇒みくりが池⇒みどりケ池⇒玉殿の岩屋をゆっくり散策することにしました。

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 きのうは見えなかった奥大日岳と中大日岳

 

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 地獄谷の地獄

 

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 ミクリへの登り道から見えた地獄谷と奥大日

 

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  この日、剱岳は早月尾根は見えたが頂上は最後まで顔を出さなかった

 

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 みくりが池温泉 新発売の「黒たまご」 

地獄谷の危険区域で青い作業服を着た人が座っていて、じっと手元を見ていました。その人が背中にカゴを背負って上って来ました、中身はゆで卵だったようです。

危険な作業「ご苦労さん」

Yさんが買ってくれたので3人でコーヒーを飲みながら食べましたが、塩もついてフツーにscissors

確か箱根の玉子は一個食べると寿命が10年延びるとかだったように思うが、ここは一個食べると「罪が一つ消える」とか。

元同僚の陽子さんに挨拶しようと覗いたが、きのうから下山しているとのこと。

伝言をと思ったが、落ち着きはらったベテラン女性スタッフに圧倒されてしまい、そそくさとセルフ・サービスのコーヒー(セルフ・サービスを知らないでしばらく待っていた)を持って外に出ました。

 

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 ここが「玉殿の岩屋」

 

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 岩屋の上に咲いていた珍しいという「イワヒゲ」

 

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 室堂平でやっと「立山」をとらえ、今回の山の締めくくりとしました。

 帰路は黒4ダムで虹を見て、信濃大町駅近くの蕎麦屋さんで beer と bottle で打上げ。

 お疲れさまでした happy01

 

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 Photo by H林君

 

                ☆        ☆        ☆                       

 

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天候にもそこそこ恵まれ、同行の二人も満足してくれたようです。

こんなにお花畑に迎えられたのは初めてのような気がします。

大抵の夏山は最盛期を避けて8月下旬に行っていましたが、無骨で花を愛でる気持の薄いおじさんの気持を惹きつけるほどの美しさでした。

しかし、その反面、みくりが池温泉も雷鳥荘も満室というアンラッキーにも出くわしました。

室堂ターミナルに向う100人を超えるような中学生の群れを見てそのワケがわかりました。

10人以上での山歩きが多いので、今回の3人の山旅というのは会話が豊富で、自分たちだけでなくすれ違う人とも何度か声を交わしました。

多人数では立ち止まったりすることもほとんど出来なくて、今回は思わぬ楽しさに気付かされた気がします。

             ★      ★      ★

剱岳を登って、御前小屋への最後の登りで会話した二人の男性は、「剣山荘で水を飲もうと思ったら、外に水がなくて有料だった」とのこと。

早月尾根を登って来たというので、かなりのキャリアをお持ちの方とお見受けしました。

「剣山荘の水は上の雪渓から引いていて、宿泊客にはシャワーや入浴に使っているのに・・・」と憤っておられました。

確かに以前は小屋の前に水槽があって、その水をタダでいただいていました。

雨水が頼りの御前小屋の飲料水が有料というのは当然ですが、水が豊富と思われる剣山荘の自然水が有料というのは腑に落ちません、何か理由があるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

2011年7月25日 (月)

尾瀬/至仏山へ

7月21日(木

速度の遅い大型typhoonがなかなか日本列島から離れず、4、5日前までの酷暑はおさまったものの、尾瀬行きが心配された1週間だった。

幸いにも、今回は週間天気予報を信じることで、この日を迎えることが出来た。

参加メンバーの中には、台風情報をテレビで見て中止の連絡を待っていた人もいたことだろう。

中止にすることは「簡単」だが、台風という不安を抱えながらも情報と天気予報を1日に何度も見て、実施の「望みあり」と判断して粘った甲斐があって、群馬県のお天気マークのrainが消えた。

参加者の多くが三浦半島住まいで、天気は尾瀬の状況とかなり異なる。

今回はバス移動での1泊2日の山旅。

横須賀(07:30)→横浜→東京(09:30)でメンバー14名を拾い沼田へ向った。

今日の予定は ①沼田で昼食noodle ②吹割の滝 ③鳩待峠⇒山の鼻

11時半過ぎに、バス会社がセットしてくれた沼田市内の「奥利根うどん本舗」に到着bus   @1050円の赤城御前(盛りうどんとテンプラ)を注文し、4人にbeer1本で小カンパイ、昼間のビールは美味い!

太めのうどんは食べても食べても減らないと思えるくらいボリュームがあり、テンプラは揚げたてだった。

驚いたのはテンプラの衣で、カリッとかサクッとかを超えたしっかりしたあの硬さimpact

群馬県のこの辺りではこうしたものなのだろうかwink

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          片品川の 「吹割の滝」  落ちないように足を踏ん張って

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                  今回のメンバー     林くんのcamera

戸倉温泉の「まるい旅館」で小型バスに乗り換えて鳩待峠へ。

帰りはここでspa汗を流す予定なのでbeerの用意をおかみさんにお願いした。

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                   霧の鳩待峠

沼田からはrainの心配もなく、身づくろいをしている内に霧も薄れて来た。

「きょうの歩きは1時間くらいだから」ということで担いだ荷物も軽そうnotes

        

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              疲れもなく今日の宿「山の鼻小屋」に着いて

初尾瀬のメンバーもいるので、荷物を部屋に置いて「散歩しよう」ということになった。

ひと月ほど前に、以前泊まったことのある隣りの至仏山荘へ電話したところ、満員とのことで今回はこのちょと古めの「山の鼻小屋」に決まった。

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           燧ケ岳や至仏山は雲の中だが、緑と風が爽やか

点在する池塘や白樺と広がる緑に「ウワァー すごい きれぇー 初めてぇー lovely 」などと少女のように大声ではしゃぐ尾瀬初めてのマドンナズの声を聞いて、いいことして褒められているような感じで、照れくさいやら嬉しいやらwink

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               水辺が似合うお二人さん heart02

山小屋に戻って、ご主人に「晩ご飯restaurantは14人そろって座れますか」と尋ねたところ、『5時半からなら大丈夫』ということだったので、風呂にするか食前beer にするかでちょっと迷ったが、オトコ部屋に集まって、マドンナズ持参のwineとオツマミと缶beerで賑やかな小宴会の開始となり、そして夕食へと流れ込んだ。

食堂へ下りると、料理はなんと「うどん&テンプラ」despair

部屋は個室で、男組は4人×2部屋、マドンナズは3人×2部屋でゆとりがあったが、敷布団がなんとも薄く「せんべい布団じゃなくてポテトチップ布団だな」ということになった。

健康にはいいのだろうが・・・。                                      

22日 sun cloud

早く目覚めたので外に出でみることにした。

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            目指す至仏山(2228m)のピークは真ん中の奥

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   「初めの30分はゆっくり歩くので、その中で自分の調子をつかんでください」

               6時40分 「さぁ 行こうか」

朝食の時にS藤君が、「今日の登りはあそこまでか、大したことねえな」といい、至仏山の方向に手を向けたので、『あの山だよ』といったが彼の真意が不明 wobbly

どうも前のピークを頂上と思ったらしい。

ま、一時ながら軽い気分になれたことだろう。

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                    ミヤマダイモンジソウ            

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 森林限界に達すると、燧ケ岳(2356m)と尾瀬ヶ原の一部が見渡せる(尾瀬沼は見えない)

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                      イワシモツケ

           花を見ては立ち止まり、遠くの雲海を眺めたり

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     休憩テラスに居合わせたお方がシャッターを押してくれるというので・・・

2ピッチ目からは遅歩き隊には自分たちのペース歩いてもらうことにしたので、3グループくらいに分かれて頂上を目指した。

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                                    ホソバヒナウスユキソウ

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         タカネナデシコ  soccer澤がいる、宮間がいる、川澄もいる・・・happy01  

              

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            光っているのは池塘             林くんcamera

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                   頂上に全員が揃った

先行隊が昼食を終えたころ、シンガリ組が登って来て元気そうな顔で記念撮影。

下りも適当に分かれて歩くことにした。

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                      タカネイバラ

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アキレス腱を切断してしまったか傷めた人がいて、救助のヘリが小至仏山手前で負傷者を釣り上げた(深刻そうではなかったようなので camera

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          小至仏山を下ってベンチ・テラスで休んでいると・・・

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           遅組が意外に早く下りて来た、体重を利したのかwink 

以後、そろって歩き予定どおり2時ちょっと過ぎにバス待(鳩待)峠に到着したscissors

(あと1キロの標識からが長かったことbearing)                                              

まるい旅館のspaは奥多摩のつるつる温泉のようで、湯船に浸かり腕をさわるとツルツルする湯だった。

ツマミは「おしんこくらいしかありません」と昨日聞いていたが、本当におしんこしか出てこなかった。

食堂にはなんのセットもなくセルフ・サービスらしく、コップも自分たちで配り、ビールは冷蔵庫から出し放題・飲み放題smile

用意してくれたおしんこだけでは足らないと見たのか、元気のいいオカミさんが「育ち過ぎのキュウリの漬物だけど食べる?」「ちょっとアク抜きが足らなくて苦味があるけどワラビも食べる?」「あとこれしかないけど」といってキャラブキまで出て来た sign02

結局、サービス品の方が多くて、味は最後のキャラブキが一番だった、ご馳走さま。

沼田市内でコンビニに立ち寄り、横須賀へ向うbusの後部のサロン席では、おやじバーテンが焼酎のお代わり作りに大忙しで、「いいちこ」の1.8ℓパックが東京へ着くまでに空いてしまった。

騒ぎっぷりをご想像ください。                                                

clover今回参加メンバーは一人を除いて「オーバー古稀」、おそらく誰もがどこかに故障を抱えている。

お互いに外からも衰えがわかるようになって来たweep

衰えるのは当然のことだが、「この2、3年は特に年々強い衰えを感じる」ことでも全員が一致することだろう。

今回参加していないマドンナさんたちは、もしかしたらそれ以上に感じているかもしれない(男組の全員参加が不思議smile

今や年齢と戦って勝てることはないが、「もう山はいいワ、卒業」と諦めてギブアップしてしまう前に、いつまでもこの仲間と楽しい山旅が続けられるように、無理は禁物ですが日ごろから体を動かして足腰の衰えを1年でも先延ばししようではありませんかpaper

まだまだ引っ込んでしまわないで外に出ましょう、温泉めぐりは5年後くらいからgood

pencil4年ぶりの尾瀬。

前回は2007年6月に燧ケ岳に登りました。

バックナンバーの 2007.6に残っています。

2011年6月13日 (月)

奥多摩/高水二山から棒ノ折山へ

6月10日(金) cloud → cloud

この10月に予定しているネパール/ランタン谷トレッキングに同行予定で、山歩き経験のほとんどないSさんの日向山に続いてのトレーニングです。

今回は購入してもらった靴を履いて、長めの山道を数時間歩き、靴にも長時間歩きのどちらにも慣れてもらおうというのが狙いです。

10時前に軍畑駅集合。

週間天気予報でrainマークのない日を5日前に選んで決めました。

幸いにも当日はsunが消え、この時期としては恵まれた天候になりました。

まずは水分を補給し、半袖Tシャツになって出発。

舗装された道を大きな堰堤まで歩くとすでに汗びっしょりsweat01

しばらく歩いて、流れの冷たい水で顔を洗うと、さっぱりした気分なってきつい登りに取り付きました。

このコースは何度目だろう、見慣れた風景を目で追いながら、一日を歩くペースなどの説明をしながら汗をかき、立ち止まってはペットボトルのお茶を口にした。

いつもは常福院の境内にある四阿を昼食riceball場所にしていたが、曇り空で薄暗い感じがしたので頂上まで行ってみることにした。

これまで誰とも会わず、追い抜かれてもいないので頂上は貸切かと思っていたが、驚いたことに10人ほどの先客がいた。

雲は太陽だけでなく遠くの景色も覆ってしまっている。

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      濃い緑の周りの中で、この赤茶けた伐採後の枯れ枝が妙に目立った

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       杉や檜の薄暗い林が続く中だと、こうした緑がひと際明るく感じた

トレーニングという意識が出でくると、珍しい光景を見つけてシャッターを押そうといった気分が湧いて来ない。

Sさんの歩きっぷりや息遣いを聞きながら、少し早めに歩いたりした。

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  前を歩いていた女性のパーティー、偶然だろうかお揃いのザックを背負っていた

岩茸石山から棒ノ折山に向う人たちはなく、我々二人だけの山になりそう・・・。

と思っていたら、すれ違った男性が一人いて、お互いにもの珍しそうに挨拶を交わした。

高水山周辺の木の階段道は、真新しい白木になっていて、「これじゃすぐに腐らない?」と心配したりした。

防腐加工を感じないほどひ弱そうな白だった。

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棒ノ折山への登りの木の階段は、段差があり過ぎる上に傷んでいて、とても歩けるものではなく、脇に付いた踏み跡を辿って登らざるを得なかった。

東京と埼玉の県境、管轄は埼玉県?

奥茶屋への下りは濡れていて滑りやすく、「こんなに急だったっけ?」「こんなに長かった?」と思いながら、我慢して歩き続けた。

昨年来たのは4月で、道が木や草におおわれていなかったので、もう少し開放的な気分で歩けたのだろう。

曇天のせいもあり、山歩きを楽しむといった気持がほとんどなかった今日の奥多摩。

トレッキングのコースにはこんなに厳しいところはないだろうから、トレーニングの場としては「良かった」ということにしよう。

Sさんお疲れさまでした。

秋には広々とした谷から、ヒマラヤの高峰を見上げながら楽しい旅をしましょう。

2011年5月31日 (火)

越前岳の予定が・・・

5月27日(金)の予定は越前岳でしたが、週間天気予報に cloud rain マークが出たままだったので、「富士山が見えてこその山」と思っていたので、今回は中止することにしましたweep

出来ることなら前日まで我慢して、天気予報のハズレに期待したかったのですが、遠方から泊まりで参加するメンバーもいるので、3日前に中止を決定しましたbearing

とはいえ、この日に合わせて10人以上のメンバーが参加を表明して、折角スケジュールを空けてくれたことに報いようと、「どこかで beer しよう」ということになりました scissors

4時30分JR逗子駅集合。

このちょっと早い時間は、私のように柏から参加するメンバーの帰宅時間を考慮して、開始時間を早くすれば・・・との幹事さんの心遣い wink

場所は逗子海岸沿いのイタリアン・レストラン restaurant

駅前に集まったメンバーは、想像以上の数(16人)のレディース&ジェントルメンhappy02

beerwinebottlerestaurantと語らいに熱中してしまい、すっかりcameraを撮ることを忘れてしまいましたweep

で、気が付いたら

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                 集金の時間でしたbearing

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                  席はクジ引きで

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               こんなショットもありました

今回は時間的には短かったものの、幾人かのマドンナさんと普段は聞かせてもらえないような家庭の状況や、好みなどから夫々の価値観を伺えるような話しや食習慣などを知ることが出来ました。

朝食がパンの人がいたりゴハンの人がいたりするのを、自分はみんながパン食と思っていた一人よがりがわかったり・・・

今も働いている人の動機など、など・・・

人の悲しみを遠くから見て、じっと黙っているのがいいのか・・・とか

自分にとってはいつもと違った感じの beerbottle 会でした paper

2011年5月21日 (土)

筑波山へ

5月15日(日) sun

今年1月の筑波山では、下りでヒザに変調を来たし、「もう筑波山は卒業しよう」とか弱気になってしまったが、ずっと気になっていた(ヒザの調子が)。

筑波山がだめなら他もだめ、かもしれないcoldsweats02

「もう一度行ってヒザの具合を確かめよう」という気持になっていて、「どうしてあんな具合になってしまったのか」考えてみた。

何もしないで行ったのではいい結果は期待出来ない。

これまでに、2度整形外科の診断を受けたことがあるが、何れも「筋力を強化せよ」で、40歳代の時は大腿四頭筋、60歳代では「膝周り」ということだった。

それ以来、筋トレは怠りなくしているので、今回はそれ以外・・・とするとなんだろう、「年齢によるもの」かbearing

多分そうだろうと自己判断した。

昨年末あたりから、階段を下りる時にヒザに電気が走ったり、違和感があったりした。

なぜだろうと思いながら、ウォーキングの回数を増やしてみたりした。

10月のトレッキングではなんともなかったのに・・・。

どうも鍛えて治す術が思いつかないangry

ここで考えを転換してみることにした。

「鍛えていても良くならないなら、鍛えるのを止めよう」

楽しみとトレーニングを兼ねてこの10年以上の間、スポーツ・クラブに通い週に4~6回エアロビクス・ダンスをして来た。

60歳代前半の頃は、日に2回のレッスンに出たりもした。

「好きなエアロがオーバー・ワークだったのではないか」

そう思い、2月は週2回にして様子をみた。

そして3、4月は1回にして陣馬山と大岳山で試してみたが、結果は良好でビザに何の異常も違和感もなかった。

やはり年齢からするとオーバー・ワークだったらしい。

実はこの筑波山行は1月のリベンジでもあるが、主たる目的は筑波山神社で「安産のお守り」をいただくことにあった。

松本に住んでる子が第二子を授かったというのだ。

いいきっかけをもらったというべきだろう。

1月と同じコースを歩いて試してみることにした。

登り口に、「震災のため通行禁止」のコースがあるとの貼り紙があったが、ケーブルもロープウェイも動いている。

筑波山はさすがに回数を重ねて来ているので、今回は途中の写真を撮る気になれなかったが

                   P1010770a

   この場所からの女体山は何度見てもいい、頂上下のピンクはミツバツツジ

歩く調子は悪くないが、何人もの人たちに追い抜かれていくbearing

「どうしてそんなに急いで登るの?」と思うような人もいるが、トレランのトレーニングでもなさそう。

中にはこの暑いのになんの必要があるのか、スパッツを付けて歩いているおじさんにも抜かれる始末、あれはきっと耐暑訓練をしていたのだろうsweat01

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                   こんな樹があったり

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                     緑でいっぱい

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                    「北斗岩」の説明

弁慶七戻石は崩れ落ちずにあった。

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           こんなのもある(次回は立て札を特集してみようか)

筑波山にはいろいろな形の石や岩があって、それぞれに「ほぅ」とか「へぇ」とか思うような名が付けられているwink

さて、石と岩とはどう違うのだろうと思って辞典を引いてみた。

「岩」 石の大きいもの

「石」 岩より小さく、砂より大きいもの 

納得はいかない部分もあるが、そういうことらしいdespair

1月に来た時は女体山頂にあった柵がなくなっていた、あれは正月混雑時だけのものなのだろう。

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頂上から見た風景だが、田植えで水をはられた水田に、思わず「水害sign01」とおののいてしまった。

男体山を登って神社へ下ろうとしたら、降り口にこんなものが

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高をくくっていたので「ほんまかい?」である

一休みしていると、この道をおばちゃんが登って来て、張られたロープにとまどっていたので聞いてみた。

「道が崩れていたりしてましたか」 『いいえ、何にも。いつものとおりでしたよ。』

『下で聞いたら、地震に気をつけて行ってください』 といわれたそうだが、気をつけろといたって・・・ネ

で、ロープをくぐってケーブルカーの横の道を下ることにしたが、登ってくる何組ものパーティーと出会った。

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               こんなベンチが数箇所設けてあった

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                      「ヒザの敵」

こんな段差のない丸太の狭い階段が、逃げ場のないように敷かれ続いている。

なんとか持ち堪え筑波山神社へたどり着くことが出来た。

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いつもは目もくれずに女体山への道に進み、下りてからは振り向くこともなく駐車場へ直行していたが、何の気なしに後ろを見上げたらこの女体山があった。

大鳥居裏の駐車場からは毎回見上げていたが、この景色は発見だった。

まだまだ新しい発見があるかもしれない。

☆翌朝、ヒザにダメージはなかったが、フクラハギ痛が重症だったsad

取り敢えず筑波山での「ヒザの異変」はクリアしました。

2011年5月11日 (水)

「いい旅・夢気分」 

大岳山の帰りにテレビのmovieと出会って、もしかしたらメンバーの誰かが映ってるかもしれないと思い、5月4日のtvテレビ東京「いい旅・夢気分」を見たら・・・

                     こんな具合でした

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                        ↓

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                 なんだか楽しそう wink

        

          こんなわけで、次回の飲み会は bottle の肴がいらなそうです notes

日向山で足慣らし

4月27日 sun → cloud

今秋のネパール・トレッキングに同行予定で、山歩き経験のないSさんのトレーニングの場を、氏宅の裏山のような日向山(1660m)を選びました。

早朝に柏を出て、首都高を通らないルートで北杜市の白州へ向い、Sさん宅でひと休みして、マイ・カーで登山口の矢立岩へ10時半ころに着くと

   P1010724b                    

                    数台の先客が

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頂上近くはクマザサ、道は木の階段があるが、歩幅に合っている感じで歩きにくいことはない。

3度目の日向山、前回は3年ほど前の12月だった。

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              あの時は違い、残念ながら八ケ岳方面は雲の中

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                   サントリーの工場は見えた

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いくつかのグループが頂上(実際の三角点は眺望のない手前にある)で食事をしていたが、ポツポツと雨が落ちて来たのでひと息入れて、早々に下ることにした。

B

      慣れると歩きやすいザレ場だが、腰を引き気味に慎重に歩くSさん

ここから錦滝への下り道は段差があって、どちらかに落ちたらアウトといった感じなので息を抜けない。

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途中に「日向山ハイキング・コース」のプレートがあったが、このルートの下りはハイキングの気分にはとてもなれない緊張を強いられる。

初心者のSさんにはちょっと厳しかったかもしれない。

                    下山して

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この公園の中にある「尾白の湯」へ、晴れていれば露天風呂から八ケ岳が眺められる。

「刺青・・・お断り」と入口に大きな貼り紙があったが、立派な刺青をしたお方が入っていた。

今回はトレーニングに名を借りてS氏宅にお邪魔したが、この1年で3度目、明日の予定はないので、すすめられるままに12時過ぎまで winebottle

2011年4月22日 (金)

奥多摩 -御嶽山から大岳山へ-

4月20日(水) sun のち cloud

9時15分 青梅線御嶽駅集合。

平日の奥多摩行き電車は青梅発が多いらしく、横須賀組とは青梅駅のホームで合流することになっていた。

青梅線の車内でF本さんから、「高尾から引き返すので遅れます」とメールが入った。

立川での乗換えを忘れてしまったらしいshock

計画を配布した時は、ケーブルで登って御嶽山→奥の院→大岳山→馬頭刈尾根→白倉→武蔵五日市 のコースを辿る予定にしていたが、三酔会の山は、3月が中止になったので、久しぶりの山歩きとなるメンバーも多い。

で、奥の院コースをやめて中間のコースをとることに変更した。

     P1010701a                ケーブルを降りて、トイレとストレッチング

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              出だしのこの道は何度来ても心地よい

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               御嶽山神社はほぼ貸切状態

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            この道もこのコースを歩くといつも写真を撮ってしまう

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           陽が射さなくなると、風景も冬のように寒々として見える

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                   こんなクサリ場もある

大岳山荘の後ろで、後続隊の到着を待っている間に、展望台に行ってみるとロープが張られいて「立入禁止」shock

山荘も屋根などがめくれている。

入口には「本日の営業は終了しました」との札がぶら下がっていたが、ずっと前から営業はしていない様子、4年前にはあった周りの精気がまるで失せてしまっていた。

馬頭刈尾根のコースを確認しに行ってみると、ここもロープが張られていて「通行禁止」とあったangry

(白倉分岐手前の木橋がガケ崩れで流されてしまったらしい)

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                取り敢えず頂上に行ってみよう

「私はもういいわ、ここで待ってる」と弱気のマドンナさんもいたが、「ここまで来たんだから行きましょうよ」と励まされて、後続隊の4人を除いて全員がザックを置いて空身(からみ)で三々五々頂上へ向った。

       

        P1010715a_2                

                   第一次登頂隊の面々

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                    全登頂隊員たち

雲かカスミが遠くの山を覆い、眺望はきかないし寒いので記念撮影をしてそそくさと頂上を後にした。

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            昨夜降ったのだろう雪を横目に下った

久しぶりに参加して、ピッチの上らないH田さんをサポートした3人と、ザックを置いたベンチで合流して楽しいランチriceball

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          前進ならず、御嶽山へ引き返して下山することに決めた

大岳山へ向う時、「こんな早い時間にどこから登って来たのだろう?」と思う時間に、何人かの人たちとすれ違って、「???」と思ったのだが、あの人たちも引き返し組なのだろう。

「通行止め」には確か2010.11とあったように思う、「だったら早く直せよ!punch

あるいは、スタートのケーブル駅にでも「注意」などの貼り紙をしといてもらいたいナ(奥多摩の山を歩くのに馬頭刈尾根の状況までは調べない。どこか途中に貼り紙があったようだがangry)。

お蔭で、白倉→武蔵五日市→忠左衛門(蕎麦)という期待のコースが消えてしまった。

しかし、こうしたハプニングもどきがガイドブックにない楽しさにつながることもある。

御嶽山から大岳山往復などという、二度と体験出来ないことをさせてもらったと思うことにしよう。

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        長尾平の入口でひと息入れてケーブル駅に向った(ここも貸切)

思いもよらぬ冷え込みに、薄いダウンを着て丁度良い暖かさった。

見えた山は日の出山だけだったが、静かな山を味わえたことでヨシとしようhappy02

☆トップに掲げた写真の辺りに戻ってくると、テレビのらしいカメラが二人の女性を追っているのが遠目に見えた。

邪魔にならないように離れて「誰だろう」と視線をやると、見たことがあるお顔wink

と、「どちらの山へ登って来られたのですかぁ」と笑顔で話しかけられたlovely

ウワォッ 「原さんじゃないですかぁ」といってしまった、原日出子さんでしたhappy01

しかし、もうおひと方のお名前が浮かんで来ないcoldsweats02(伊藤かずえさんだったと翌日思い出したpout

この撮影の様子は、5月4日 テレビ東京で20時から放映されるそうです。

誰かが写っているかも知れません、要チェックbleah

終わり良ければすべて良しgood

     

武蔵五日市の「忠左衛門さん」での bottlebeer は叶わなかったが、(一度入ったことのある)御嶽駅横の蕎麦処「玉川屋」に上がり、酒に酔い、語らいに酔い、今日の山歩きを笑い、楽しい時間を過ごしましたのですscissors        

2011年4月18日 (月)

タンポポとウォーキング

4月18日 cloudsun

日に日に成長するタンポポを撮ってみようと、デジカメを持っていつものコースに向いました。

タンポポの開花から種が飛ぶまでを見るのは初めてです。

今日はタンポポのいろいろな姿をとらえることが出来ました。

     P1010688a  

                土手の集落の色はこんなです

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代表的な家族を見ると、種を飛ばした終期高齢期のじいさん、種を冠にした後期高齢期のばあさん、そしてツボミのように見える咲き終わった母タンポポ、そして、今が春の黄色い娘花たち。

ツボミのような母タンポポが、もうひと伸びして種をつけるようです。

正しい観察だったかわかりませんが、勉強させてもらいましたscissors

きょうのウォーキンでは、挨拶を交わす相手を見つけることが出来ませんでしたweep

2011年4月16日 (土)

きのうの続き

朝(4月15日)のウォーキングで、外国人のおばちゃんに挨拶されたことに気を良くして、午後は久しぶりに上野へ行ってみようという思いが湧いて来ました。

一応、何かやってるかな?とインターネットで調べてみると、西洋美術館で「レンブラント・・・」をやっているとありましたが、そんな気分にはないので、ま、取り敢えず「桜の様子を見に行く」というのを理由にしました。

駅前の人出は、平日の午後としてはフツー?

西洋美術館を横に見て公園の方へ歩いてみました。

都美術館は「改装中」との看板が出ていて、博物舘の方向にはずっとフェンスが張られていたので、網張りのところから中を覗いてみたら、樹木や芝などの大幅な改装?工事をしているようで、噴水プールもコンクリートで固められていました。

ブルー・シート族さんたちはどこへ行ったのでしょうか。

パンダの動物園は、休日仕様の入場柵が出来ていましたが、3時近かったので人はまばら・・・。

桜はどうか・・・4、5日前が満開だったようで、花より葉の緑が目立つ感じで、仕切り柵なども見当たりません。

自粛でライトアップもしなかったのでしょうかcherryblossom

花は2分残りといった感じですが、例年の金曜日の午後であれば会社グループの場所取りのシートが見られるはずですが、まるでなしdespair

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      こうした若い女性のグループの姿は、ハイキングでのランチタイムのよう

さて、どうしようかgawk

東照宮のぼたん苑の看板が目に留まったので、サクラではなくボタンにすることに決めましたwink

入苑料は600円 

入口の女性が「今年は開花が遅いため、この入苑券でもう一度ご覧いただくか、冬ぼたんの時期にお出でいただいても・・・」と、すまなそうに説明してくれた。

以前、冬ぼたんをここで見たことがあって、あの藁の蓑のようなもの中に咲いてるぼたんに記憶がある、そういえばあんな姿をイメージしていたのかもしれない。

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2011年4月15日 (金)

ウォーキング & たんぽぽ

土手のたんぽぽは日々成長していて、きのう(14日)は自分の判断が間違いだと気付きましたbearing

「土手のたんぽぽは、吹き抜ける風を防御するために茎が短い」のだと思っていましたが、タンポポはまず花が開き、それから茎が伸びるようです。

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              あっという間に成長したタンポポnotes

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                       土 手 dog

最近のウォーキングは、1万歩を約1時間半ほどでrunしています。

その間には、いろいろな人たちと出会います。

同年輩の男性の多くは、視線を合わせないようにして避けるようにすれ違います。

女性の一人歩きの方とも出会いますが、大抵は「こんにちは」か「おはようございます」と挨拶を交わします。

目が合う寸前に、「この人は挨拶してくれる」というのがわかるのです。

夫婦連れの方たちとは気安く挨拶を交わします。

山道での挨拶より濃い感じがして、自分の気持が和むのを感じるので、阿吽の呼吸で相手の意志を読み取って挨拶するようにしていますwink

挨拶をして無視されたことはありませんし、驚いてしまうくらいの大声で挨拶を返してくれる人もいました。

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                   モモの花でしょうか

きのう、この花を写そうと近付いたら、20人以上の保育園児がやって来たので、道を空けて通り過ぎるの待っていると、引率の先生が私に「こんにちは」と声を掛けてくれましたhappy01

この公園は園児たちのお散歩コースのようで、シーズンにはしばしば見かけます。

「あっ、おはようございます」と応えると、何人かの園児たちの目が私に向き、「コンニチワ!」「コンニチワッ!」と可愛い声が飛んできて、おじさんもニコニコしながら、「ハイ、こんにちは!」と返しました。

癒されたウォーキングでした。

今朝のハプニングは・・・人通りのない住宅街から、バス通りに出ようと回りに目をやっていたら、「オハヨウゴザイマ~ス」という大きな声が飛んできました。

まさかの場所なので油断していて、あわてて声の主に目をやると、なんと外国人のおばちゃんでした。

もう日本人かもしれませんが、どうみても太り気味の外人さんでした。

嬉しくなってしまい、公園では何人もの人に挨拶を送ってしまいました。

        シャワーの気持のよかったことhappy01

2011年4月 9日 (土)

陣馬山

4月8日

前日の午後、明日は筑波山へ行こうと思い立った。

横須賀組の3月の山行は、この東日本大震災で、気持や感情や交通事情などが入り混じって中止となった。

しかし、今では体と気持が疼き始めて、外に出なければいけないと思うようになって来ていた。

震災についてひと並みに、「今、何が出来るか」と考えた時、募金に応じることしか考えられなかった。

それしかない、それを自分に合った額で援助していくしかない、出来たら継続的にというのが私の結論だった。

しかし、茨城県を象徴する筑波山へ行くことにためらいがあって、何日もぐずぐずしていた。

自分の中で一応の結論を出しての筑波山行きだが、夕方になってまた「山を変えよう」という弱い気持が湧いてきて、結局、3月に取り止めになった陣馬山へ行くことに決めた。

陣馬山(855m) 

ヤマケイの「山名・用語辞典」では〔じんばやま〕、「東京周辺の山」では〔じんばさん〕とルビがふってある。

自分に耳慣れているのは「じんばやま」だが・・・。

メンバーに3月に配布した「案内」の予定時間より1時間早く家を出て、8時半前に藤野駅に着いた。

電車の時間は調べたとおりに運行されていました。

きょうは、ガイド・ブックに、「このコースは歩く人が少なく、静かな山歩きが楽しめる」と記されていた「奈良本から陣馬山」のコースを辿ってみる。

陣馬山は初めてで、何となく高尾山と同列の山ではないかと想像していた。

藤野駅に下りたのも初めて、相模湖駅の一つ甲府寄りです。

ガイド・ブックには甲州街道へ出て相模湖方面へ戻る案内だったが、駅から線路沿いに舗装したしっかりした道があったので、一人だし気ままに歩いてみたいと思ってその道から向うことにした。

すぐに「陣馬山」左という小さな看板があったが、こんなすぐに左折の説明はなかったし、たしか「川を渡る」と書いてあったのを記憶しているので迷わず無視した。

しばらくすると道が突き当たり、そこに市街図のようなものがあったので眺めて見たが、目指す「奈良本」という地名がない。

大きなイヌを連れた二人のおじさんが歩いて来たので尋ねてみた、「奈良本へ行きたいのですが・・・」

親切にいろいろとお二人で交互に教えてくれて、「あそこを左に行って、橋の先の信号を渡って左に曲がって・・・」

親切過ぎてなかなか話しが終わらなかったが、ご親切にありがとうございましたと礼をいい先を急いだ。

信号を渡ってから左と思って歩いたが、どうも違う印象なので信号まで戻って、その通りを山の方向へ向って歩くことにした。

午前中はsun 午後はcloud で南風が強くなるという天気予報どおりsunで、15分あまり歩いてシャツを脱いだ。

信号を渡ってと信号をの違いは大きいsad

ところがまた心配になり、出会った地元のご夫婦に「奈良本へはこの道でいいのでしょうか」と尋ねると、「はい、奈良本はこの上の部落ですよ、これから登りになりますけどね」

登山口も分かりにくく、もうおひと方に聞いてしまった。

行く場所への道については、出発前にきちんと調べてめったに人に尋ねたりしないタイプだが、今回は一人だしの思いがあってこんなことになってしまった。

わずか30分たらずの間に3回も聞いたのは初体験だったが、地元の人たちの優しさに触れられて、得をした気分になったのも事実。

さぁ、山だ

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                  すぐにこんな山道になった

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歩きやすい道の両側に杉が出てくると、クシャミを連発し鼻水が止まらなくなり、ティッシュでは追いつかなくなって、手ッシュで・・・。

幸いにもハイカーに出会わずは、挨拶したのは明王峠手前でたった一人だけ。

明王峠には売店があったが今日は営業していなかった。

ここまで奈良本から1時間半あまり、ひと息入れたい場所で前が開けているが、遠くの景色は霞んでいてはっきりしない。

しっかりしたトイレがあった。

道は整備されて歩きやすいが、赤や青の小旗があちこちに立っていて、どっち?と迷ったりもするが許容範囲。

小旗はハイカー用ではなく保安用のマークのようだ。

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                   こんな道標もあった

初めてのところでは、こうしたものが頼りになる。

登ったり下ったりして、そろそろ陣馬山の姿を見たいと思って、その方向に目をやるがそれらしい頂は見当たらない。

やっとそれらしい姿が薄っすらと見えて来た。

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                あと15分くらいで頂上に辿りつけそう

山を目指す時には、中央線沿線であれば大抵は電車から見えたり、どっか途中の突起から頂上が見えたりする。

なのに、この陣馬山は最後の最後まで姿を現さないシャイな山だった。

今まで、山として頂上へ登ろうと思った山の中で、多分最低の標高ではないかと思う。

筑波山は876mだが、独立峰で遠くからもその雄姿を眺めることが出来る。

そういったことなどが、深田久弥氏の名峰を決める条件を満たしたのだろう。

陣馬山は方向を変えれば美しい姿が見えるのだろうが、今回は「今か今か」という期待が楽しみだった。

そして、頂上に近付いて、この山がハイカーに好かれることを理解した。

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             頂上への道・・・これは相当に歩かれている

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           急に視界が開けて来たので、その方向に目をやると

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                  富士山がありました

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             陣馬高原山頂標高857m とありました

857mが正しいのだろうか、ガイド・ブックと「山名・用語辞典」には855mなんですが、馬の像は2メートル以上あります。

(更新を中断して、「陣馬山、標高」で検索してみましたが、すぐには結論がでないようなので続けます)

頂上には4、5人の先客がありました。

いくつかの売店がありましたが、開店しているらしいのは1軒だけのよう。

草原状の頂上からの見晴しは期待以上のものがありましたが、「あれがそうか」くらいは分かるのですが、霞が漂っていて遠景はシルエット状態。

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                  左が扇山でしょうか

P1010644a                     これは20日に予定している大岳山と御岳山 でしょう

風が強いの頂上の陰のベンチに座って、富士山を見ながら食べたコンビニおにぎり2個がきょうのランチrestaurant

一人メシは淋しいねweep

30分ほど休んで栃谷へ向けて下山開始down

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土嚢で補強した急な下りもありましたが、しばらく我慢すると登りと同じような優しい道になって、あっという間に栃谷へ到着。

ここからの富士山も一休みして眺めたいもの。

♨への看板を羨ましげに横目で見て藤野駅へ向う。

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 道端に咲いていたタンポポは、正しくニホンタンポポのよう(ウォーキングページの続き)

ここら辺のタンポポはなんだかゆとりを持って咲いている、首が長いしwink

登山口とあるバス停に着いて時刻表をみると、次まで30分以上も待ち時間があるので歩くことにした、2キロほどらしいので30分くらいだろう。

山から下りて来てほっとしてるのに、バス道が登りになったbearing

バスを待てばよかったかなと思いながら汗を拭き拭き歩いていると、『カタクリの自生地「中に入らないでください」』の看板wink

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大型で薄い色のカタクリが、手づかみできそうな距離に自生というより群生していた。

              歩いたことへの「報酬」と受け止めましたscissors

山道の補修状態を見ると、シーズンの週末には大勢の人が押しかけるのでしょう、機会を作って静かで空気の澄んだ時期にまた来たいと思いますpaper

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