2009年4月 5日 (日)

積雪があった筑波山

4月だというのに筑波山に雪が降ったらしい。

4月3日(金)

横須賀グループと1年ぶりの山。

20人を超える参加希望者があって、バスをチャーターしての筑波山となった。

今回は時間の都合もあるので、都内からの参加メンバーに合わせて、戻る感じで東京駅まで行き拾ってもらうことにした。

横須賀→横浜経由、東京駅八重洲口で6人が加わり総勢21人となった。

土浦北で常磐道を降りてのルートは初めてで、筑波山の形がいつもと違うのは楽しみだったがなかなか姿を現さない。

赤鳥居の先でバスを降りて身支度、出発したのが10時過ぎだったか・・・。

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     まずは筑波山神社へお参りする仲間 

 

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             女体山へ向う登り

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           暖かい陽射しを浴びて休憩

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           本当に雪が現れた

前日に、参加メンバーの I さんから、「龍ヶ崎にいるいとこが、筑波山の頂上は真っ白といっています 」とメールをもらったが、『まさか4月の筑波山が白い?』とは考えられなかった。

1日のひどい雷雨が、山では雪だったのかとは思うものの信じ難い。

(バスの運転手さんもその情報を持っていたらしい)               

きょうのバスの窓から見上げても、雪があるようには見えない。

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           女体山へのプロムナードを行く

つつじヶ原からの道と合流する弁慶茶屋跡には、子連れグループが何組か休憩していて急に賑やかになった。

その先で、お孫さんを連れたおじさんが座っていて、『今までは子供たちにガンバレと言ってたけど、今日は孫たちに「じいちゃん大丈夫?」と言われちゃった』とわれわれを同年輩とみて誰へともなく話しかけていた。

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          満員状態の女体山頂でひと息

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             男体山へ

展望レストランで昼食にしようと入ったが、「スミマセン、ご飯が炊けてないのでご飯ものは出来なくておウドンかおソバになります」とのこと。

オニギリなどを持参したメンバーもいるので落ち着くことにしたが、20人以上の団体客に店内はおねえさん一人でてんてこ舞い。

男組はナマ中でノドを潤すことにした。

ちょっと気持が緩んだ感じで男体山に向うが、登りで転んだり足が上がらない女性のHさんはケーブルで先に下山してもらうことにした。

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男体山頂上での集合写真はH君撮影

先に下山をしたHさんを除き全員が入っていると思っていたが、何人かの顔がない。

このくらいの人数になると、集合!の伝達も難しい。

まず、出発の筑波山神社前で、「トイレはあっち、行くのは向こう」と反対側を指さして伝えても、何人もの人がトイレの用もないのに行ってしまったり・・・。

山頂近くで、前とちょっと離れたグループは、女体山頂へ曲がらずに(あの辺りがゴチャゴチャしていたが)男体山の方へ歩いて行ってしまったり、ロープウェイの駅へ行ってしまう人がいたり・・・。

下りは雪解けでぬかるんでいるところがあって滑りやすく、2、3のメンバーが尻餅をついたりしたが、だんだんと余裕が生まれて、休憩の度にいつもの話題が飛び出し次から次へと話が湧いてきて、「話の続きは下山してから」と止めないと際限なく続きそう。

きょうはS君の誕生日、「つくばの湯」で古希を祝いました。

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       きょうだけか、元マドンナズに囲まれてご機嫌のS君

そして、その祝いの席は帰りのバス内に引き継がれ、あっという間に東京駅に着いてしまい 、久し振りの仲間との山歩きが終了。

会では、該当者がいる月は古希の祝いをしようということになっていて、5月は4人が該当します。

きょうは2段重ねのバームクーヘンに7本のローソクを立ててのセレモニーと、S君持参の自慢の写真を元に返礼のスピーチを聞きながら盃を重ねました。

話題はいつも同じようなものなのに、同じところで爆笑するのもこの会が回数を重ねているからこそのことなのでしょう。

楽しい残雪の筑波山歩きでした。

 

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2009年1月12日 (月)

2009年 登り始めは筑波山

1月12日 cloudsun 

金曜日の雨は、筑波山では雪だっただろうか。

昨日、横須賀の仲間から「正月に大楠山から筑波山が見えた」と写真がPCで送られて来た。

はっきりと見えるものではなかったが、三浦半島から見えるというのは、自分にとっては発見で何となく嬉しくなった。

それに刺激を受けて、「筑波山からfuji富士山を見よう」と出かけることにした。

5時20分起床、40分出発。

祝日、早朝のcar道路はガラ空き。

いつものように神社手前のコンビニでサンドイッチを買って朝食とした。

店員さんが、えらく丁寧に頭を下げてくれるのには恐縮してしまった。

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     駐車場から見上げた「朝日に霞む筑波山」

きのうあたりの雲ひとつない青空と違い、今朝はあちこちに厚い雲が浮かんでいる。

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     登り慣れたこの道から女体山を目指す

歩き始めは手袋をしてフリースを着たが、直ぐに体が温まり汗ばんで来た。

元気のいい人が追い越して行くが、久しぶりの山歩きなので30分は「ゆっくり、じっくり」歩くことにした。

座って休憩することはないが、何度も立ち止まって汗を拭ったりしてペースを整えようとするのだが、気持と足が一致しない。

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   弁慶茶屋跡から見上げる女体山頂をガスが流れている

凍った地面に今朝にでも降ったのだろうか、ミゾレのような白いものがまばらに見える。

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            白いのは雪ではなく氷片

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              大写しにするとこれ

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     たわわに付着した氷が頭上から絶え間なく落下して来る

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            御幸ケ原ではまるでサクラが満開のよう

  

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          そして、男体山の北斜面も

吊尾根は氷結していて、女体山からの下りはdanger

clover 男体山の下りで、茨城グループのYさんと出会った。

「あー」、『せんせい!』と久しぶりの再会を喜び立ち話をした。

「皆さんによろしくお伝えください」といって別れたが、なんか、あの登山講座を受講してくれた方に、会えそうな予感がしたのが的中、なんとなく気持が潤った。

階段の単調な下り道を救ってくれた偶然の出会いだった。

    「茨城のみなさん お元気ですか」

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     下山して見上げた筑波山と青い空

結局fujiを見ることは出来なかったが、女体山頂を独り占めできたので満足ということにしよう。

〔追記〕

男体山の登りで、少年たちに追い抜かれたがその後に付いて歩いてみた。

小学5年か6年生だろう、しゃべりから地元の子たちのようだ。

滅法元気よくて、もちろん手袋などはしていないし、お揃いのジャージ姿。

頂上の手すりに昇るようにして、「わが町」と思しき方向に「あれがイオンだ」なんだかんだと思い思いにしゃべりまくっていた、引率する人はいないらしい。

普通は祠を回って下るのだが、来た道を戻ろうとしていたので、「こっちを行った方がいいよ」といってあげると、「こっちだって」と全員が従って方向転換した。

祠の裏側には氷が張り付いていて、中の一人が階段を下りずに斜面を横切った。

そこからはツルッとした氷で、立ったままでは下りられない、戻るだろうか?

なんと、尻セードをした。 3メートルほどだが勢いは付く。

数人のメンバー全員が「ウワァーッ!」と歓声を上げた。

調子に乗ってもう一人がチャレンジして、「ケツまで濡れた」と言って立ち上がった。

一人目がトラバースした時に「止めな」と言おうと思ったが、都会の大人的助言は控えることにして少年たちの反射神経を見ることにした。

さすが地元の子たちだ、いいものを見させてもらった。

しかし、全員がそうではなく、へっぴり腰で手を付いて階段を下りている子がいたので、その子には、「そんなカッコウで下りると余計に滑るよ、立って腰を伸ばして靴の裏をペッタリ付けて歩いてごらん」

少年は素直に実行して、「ありがとうございます」と大声で言った。

付き添いのいない彼たちは、実に伸び伸びと楽しんでいるようだった。

〔追記2〕

樹氷の筑波山、一番いい日に行った!と得した気分でいましたが、きょう、前日に行ったという茨城グループのHさんからたよりをいただき、それに写真が添付されていました。

どう見てもHさんが撮った樹氷の方が豪華なので、転載させていただくことにしました。

一日の違いなどを比較してみてください。

Hさん、ありがとうございました。

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2008年7月30日 (水)

おわび

         

        都合により  しばらく休ませていただきます

                

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2008年4月17日 (木)

ヒマラヤ眺望とラリグラス

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       プーン・ヒル付近から眺めたダウラギリとツクチェ・ピーク

3年半ぶりのネパールだ

2004年の、「エベレスト遠望トレッキング」参加メンバーの何人かから、「もう一度」の声が上がりコース・プランを考えた。

時季を春とすれば、やっぱりネパールの国花「ラリグラス(石楠花)」を見るのが一番だろう。

見事なシャクナゲはゴレパニ近辺のものしか知らない。

10年ほど前に、山岳部時代の友人とトレッキングをしていて、ダンプスからランドルン経由でゴレバニへの手前で、驚くほどのシャクナゲを見上げた。

学校帰りの少女たちが、頭にシャクナゲを付けて下りて来た姿が印象的だった。

トレッキングはゴレパニ周辺のシャクナゲを見て、プーン・ヒルから「わが青春の山/ダウラギリ」を見てもらうことにしよう!

このコースに決めて、2004年の参加者を中心に募ると15人ほどの手が挙がった。

結局は12人ものパーティーとなった。

現地との連絡や手配は、前回同様に大学山岳部後輩の清水君(深呼吸クラブhttp://hotken.blog.so-net.ne.jp/)にお願いした。

当初、3月下旬を予定していたが、参加希望者からの要望もあり4月3日出発とした。

ところがひと月ほど前になって、「出発を1日前倒ししてもらえまいか」という問い合わせがあって、帰国日はそのままでカトマンズ滞在が増え、その費用は航空会社が負担するとのことであった。

「うん?」、この話は美味しそう・・・。

参加メンバーは、日数には多少余裕があると思える方たち。

早速連絡をとると、全員が即座に「オーケー」の返事で、「13日間のゆったりトレッキング」となった。                                                 

                                                       

airplane 4月2日 成田11時発のタイ航空で、今日はバンコック泊まり。

集合時間の8時30分の前に全員が揃った。

新米添乗員の胸はドキドキだったが、無事バンコックへ着き、迎えの現地エージェントのスタッフと出会えることが出来た。

早い夕方の到着だったので、晩飯だけの滞在ではもったいないと考え、「タイ舞踊」を観られないかとスタッフにたずねると、「手配できる」とのこと。

メンバーからも賛同を得て、中華ディナーの後で見物することにした。

38年前、初めてネパールで登山をした帰りに観たタイ舞踊の優雅さの記憶が、未だ脳裏から消え去らない。

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ディナー・ショーで200人ほどの観客のほとんどが日本人のようだった。

10年ほど前にも観ているが、初回ほどの感動はなく今回に期待したが、「やっぱり・・・」だった。

30歳のころのあのトキメキは、若さの感性だったのだろうか・・・。

どう見ても踊は下手で、優雅さを感じなかった。

観光客向けの見世物なのだろうか。

終演10分ほど前に、多くの人たちが立ち上がり退場していった。

日本人の団体客はフィナーレまで待てないらしい、場内の雰囲気をぶち壊した犯人は近ツリらしい。

これでは踊り子さんたちも気抜けしてしまうだろう、でバンコックの夜は閉じた。                                                   

                                                       

4月3日 バンコックからカトマンズへ 

バンコック空港で、広島から二人の客人を案内して来た清水君と出会い、カトマンズまでの心配は解消した。

二日間ほど行動を共にする予定。

カトマンズの空港からホテルまでの道はおなじみだが、初参加の4人にはかなり刺激的であったようだ。

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      カトマンズの空はいつもモヤがかかっているようだ

時間があったので、この日は11人をアッサン・バザールに案内して、あの超大混雑を4人ならず全員に味わってもらった。

初参加の4人にはどう写っただったろうか?

クラクションの都「カトマンズ」では、狭いバザールの道にも車やバイクが入って来て、音色とりどりのクラクションを鳴らしまくるのだ。

現地の人たちは振り返らずにやり過ごすが、われわれはついつい振り向いて避けることになるが、回数の多さにイライラがつのる。

間断なく流れる車と、バイクの波間を見極めて大通りを横切るのも命がけだ。

信号は無責任に赤が点滅しているだけ・・・。

夜はネパール料理とショーを観ながら、「レッサンフィリリー」をリクエストして、共に歌って楽しんだ。

楽器を扱うおじさんが一曲ごとに、「メヘヘェー」とヤギの鳴きまねを大声で発して締めくくった。

それが受けて、トレッキング中も真似するメンバーが人を笑わせてくれた。

                                                                 

4月4日 国内線でポカラへ向う

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        空港内の売店に目が行く

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飛行機はわれわれ(清水君と広島からお出でのお二人を含む)のみの貸切りで、右側の窓に視線が集まったが、モヤがかかって雪の山々は見えなかった。

出発がネパール時間で遅れたため、ペワ湖畔のチベット料理店ですることになった。

蒸し餃子にチャーハンや焼きビーフンが美味で得した感じだった。

ポカラからは車(大型バス)でルムレへ、38年前はポカラからキャラバン(山のベースキャンプまでの歩く行程)で3日はかかった距離が、今は車で1時間ほど。

そこから歩いて小1時間のチャンドラコットがきょうの宿泊地。

コットという地名は丘とか眺望のあるところといった意味らしい。

あいにく 到着時は曇り空で山は見えず、夕食の頃には強い雨が降り出し粗末なロッジのトタン屋根は大賑わいとなった。

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翌朝のチャンドラコットは晴れ上がり、聳え立つ雪の山々を見上げることが出来た。

アンナプルナ・サウス(7219m)とヒウンチュリ、そしてマチャプチャレ(「魚の尾」の意味で、美しい双耳峰 6993m)だ。

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昨日は雨降りで出来なかった、スタッフの紹介をするサーダーのマハビール君。

彼は前回もサーダーで清水君とジョイントで、カトマンズに事務所を構えていて、日本語も達者で、われわれを安心させてくれる心強いパートナーである。

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              鋭い感性を持ったお二人(またお会いしましょう)と  清水君       

ここから「広島グループ」とお別れしてシャウレバザールへと下る。

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         段々畑を下り、つり橋を渡りガンドルンへ

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         しばらくの間姿を見せたマチャプチャレ

                                                       

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     集落ごとにある土産物の陳列台を覗く、品物は似たりよったり

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キッチン・ボーイ君たちは、朝食後に重荷を背負ってわれわれを追い越して行って昼食に備え、終えると宿泊ロッジへ急ぐ。

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       5人の男たち、最年長は75歳のHさん、4人は同期生

この日は、夜半から雨が降り、朝方には一時上がったものの、出発するころにはまた小雨が降り出したので、スタートから雨具を着用しての歩きになった。

タダパニへの登りから、見上げるような木の上に咲く石楠花がそこここに現れて、「あそこに!」とあちこちから声が聞こえた。

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            タダパニへ到着

きょうの宿は突き当たり右のロッジ。

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         雨も上がったので、外でカンパイ!

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翌朝は晴れ、シャクナゲも生き生きと朝日に映えていた。屋根の白いものは雪のように見える厚い霜。

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            タダパニでの朝食風景

昨夜は相当に冷えたので、夕食時にはテーブルの下に炭火が入れられ、即製コタツで暖をとった。

ロッジの隣室との仕切りは、どこのロッジも粗末で隙間が空いているが、ここは見事に一部が5センチ以上もあった。

もちろん隣室との会話は普通に通じる。

4月7日  タダパニからゴレパニへ

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       一昨日の雨は高地(3000m付近)では雪だった

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    遠くのシャクナゲ、近くのシャクナゲ・・・雨具は寒いので着用した

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タダパニからゴレパニまでの道はシャクナゲの森、シャクナゲのアーチ、シャクナゲの・・・。

周りの山々もシャクナゲで紅く燃えているよう。

この凄さや美しさは、私の力では写真で表現することは出来ない。

初めは10mもの大樹に咲く花を見上げていたが、だんだんと低くなり、なんとなく親しみが湧いて花が近付いて来た。

ゴレパニを見下ろす丘からは8000mの山が見えるはずだったが、裾の部分の雪が見えるだけで姿は雲の中。

明日のプーン・ヒルに期待しよう。

ゴレパニへ着くと、カトマンズの事務所からマハビール君に選挙に関する情報が入っていて、投票日の10日に彼はカトマンズに戻らなければならない厳しい事情が発生したという。

また、選挙前日から交通規制が敷かれるため、計画変更の提案があった。

①明日はプーンヒルを往復して、ティルケドゥンガまで下る。

②9日はポカラのサランコット宿泊する。

③10日は車も飛行機も動かないので、フィッシュテイル・ロッジまで歩く。

彼はプーンヒルへ行ってからカトマンズへ向うということだったが、早朝に下山するようにこちらから提案した。

当初、ゴレパニかプーンヒルで山を見るチャンスが3回あったのだが、明日一日がラスト・チャンスになった。

今朝もいい天気だったので、明日も晴れてくれるだろう。

                                                       

4月9日 朝食はとらず、ヘッド・ランプを点けて4時半に出発。

明るくなり始めたころにプーンヒルに着いた。

      真ん前にダウラギリがどっしりと構えている。

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             「あれがダウラギリです」

『凄い!センセイ、あの山に登ったんだぁ』 (千葉のメンバーは登山講座の生徒なので、私のことをセンセイと呼ぶ)

アンナプルナ連峰やマチャプチャレも見えるが、ここではダウラギリにはかなわない。

ダウラギリだけを見つめてシャッターを押した。

登頂日は1970年10月20日だったろうか、あの時の感動が湧き上がって来た。

『凄い山ですね』、そういいながら涙を浮かべた千葉の女性たちに握手を求められた。

感涙というものだろう、嬉し涙のようなものが出てきて、私は顔を上げられなかった。

38年の時間が吹き飛んだ。

「まだまだ青春だ」

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「左に小さく見えるのがダウラギリ2峰、右がツクチェピークで、私たちが登ったルートは・・・私の到達点は・・・」

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プーンヒルでの酔いを冷ましながら、ティルケドゥンガへと厳しい階段状の道を下った。

この急な下りにネを上げるメンバーが出ると思っていたが、列は長くなったもののヒザの痛みなどの訴えは皆無であった。

ダウラギリ効果だろうか。

                                                        

4月9日 ナヤプールからチャーター・バスに乗りサランコットへ向う。

大型バスはサランコットへの上り口までで、人と荷物は中型車へ乗り換え。

バスの屋根にポーター君たちが乗っているのはわかっていたが・・・

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           こんなに乗っていたとは

車はロッジのかなり手前までしか入れず、「まだ歩くの?ここでいいワ」などの不満が冗談混じりに聞こえて来る。

しかし、ロッジはトレッキング中では最高の部屋と景色に全員が満足の様子。

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ペワ湖を見下ろし、暗くなるとポカラの夜景が一風変わった感じの色で美しい。

ネオンがないからだろうか。

今夜もみんなでカンパイした後、部屋でもカンパイ!!

                                                       

4月10日 完全な交通規制で、走っているのは選挙管理委員会の車のみ。

湖畔通りはホコ天で、クラクションに怯えることなくゆったりと歩き、フィッシュテイル・ロッジへと向った。

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島にあるロッジには、船頭がロープを手繰るイカダで渡る。

なんとも嬉しいではないか。

38年前からそうだった。

あの頃、出来たての高級ホテルで、登山隊などはダニのいる安ロッジに滞在した。

いつか泊まってみたいという思いがあって、10年前に実現して別世界の優雅さを味わった。

今回も帰りのポカラは「フィッシュテイル」と決めていた。

       Shakunage41                                      

われわれの泊まったのは、Palm Court という建物でベランダの先の中庭には円形の平屋の、古くからのロッジがあり、無造作にブーゲンビリアが咲いていて、幾種類もの花に囲われて花の香りが漂って来る。

芳香剤ではない本物の香りだ。

小さいリスが手すりを走って行き、オナガのような鳥が飛び交い、カエルの合唱が賑やかだ。

無意識に部屋割りをしたが、なんと10年前と同じ部屋だった。

こうしてトレッキングは終了した。

11日にはカトマンズに戻り、初ネパールの4人には見ておいて欲しい寺、パシュパティナート、ボーダナート、スワヤンブナートへ案内した。

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この日、他のメンバーには、カトマンズを探検してもらうことにした。

そして、翌日の午前中は余裕のパタン見物にあて、午後は買い物のためタメルに繰り出した。

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最後の夜はチベット料理の「ギャコック」という鍋料理。

突然の雨のためか「停電」となり、暗い街を歩いて店に到着すると、外にいた先客が雨で避難したとかで、予約の部屋には入れず、外のテント張りの下のテーブルにローソクが灯された。

ま、いいか。

が、そこで予期せぬ問題が!

「選挙後の3日間はビールなどのアルコール飲み物は出せない」という。

「そんなぁ」、「さてどうするか」、マハビール君がいろいろと交渉してくれたが、やっぱりビールは出せないという。

ネパール最後の晩にビールも無しだってェ?!

楽しいディナーが台無しだ、「いいじゃないの」という人もいたが、ちょっと腹を立ててマハビール君に他の店を探してくれるように頼んだ。

すると、女主人が登場しアルコールOKの指示が出て、一度立ち上がった腰を下ろすことになった。

そんなもんだ、その後は気分良く飲んで、マー君特別企画の人力車に乗って、スリリングな運転にヒヤヒヤしながらホテル・ヤク&イエティに戻り、カトマンズの夜の酔いは最高潮に達したのだった。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

〔地名について〕 

現地の地名で10年前から気になっていたのは

①案内書などではランドルン、ガンドルンとなっているが、現地の看板は以前からランドルック、ガンドルックである

②ティルケドゥンガに r はなく、ティケドゥンガだった

③ペワ湖は P ではなく FEWA LAKE らしい

④ゴラパニはゴレパニだろう

               ☆    ☆    ☆

〔あとがき〕

13日間の旅を事故も怪我人も出さずに終えることができた。

歩き始めの頃に、多少のヒザ痛や、貧血とかの症状を訴えられて心配もしたが、どちらも一夜で回復したようだった。

また、2000m以上の日本の山では、高山病のような症状を起こすメンバーもいたため、酸素ボンベの用意もしたが、歩き方の改善などでなんとか乗り切ってもらえた。

予期せぬ変更がなどがあったが、何れも好結果を生んだのは幸運だったと思う。

年齢差が20歳もあるグループだったが、長老の頑張りもあってスムーズな移動が出来たように思う。

自分には、古き良き時代の「山岳部」的な考えを捨て去れず、今までどうしても厳しい言動となってしまっていた。

今回は意識して、「山歩きではない」と自分にいい聞かせ、重い荷物などはシェルパに持たせることをメンバーに勧めたが・・・。

あれから4年経ち、いろいろな面での衰えは隠せないが、楽しむ気持に衰えはないようだ。

                    ☆     ☆      ☆      ☆      ☆

〔むすび〕

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               これは何?

カトマンズのホテルの部屋に置かれたこの五つのダッフルバッグの中身は、メンバーがトレッキングに使用した衣類や目的を持って日本から持参した古着、余った食品や登山靴やスニーカーなどです。

まだまだ貧しいネパールでは、われわれには不用でも有効に活用してもらえます。

日本を発つ前から、古着の持参やトレッキング終了時に不用なものは「現地に置いて」いこうとメンバーに呼びかけました。

その結果がこれです。

マハビール君に「引き取りに来て」といったところ、ダッフルバッグを一つ持ってきましたが、善意はその予想の何倍ものものでした。

加えて、千葉のMさんが前回参加して感じるものがあり 、「またネパールへ行けたら何かしてあげよう」とお店にドネーション・ボックスを置いたところ、2万円が集まったそうで、使い道を相談されました。

清水君に話をしたところ、信頼のおけるマハビール君に使途を任せてはというアドバイスをもらいました。

その2万円に隊メンバー全員の気持として1万円を加え、3万円を最後の夜の夕食時に全員の前で手渡しました。

そに対して彼は、「マカルーの奥の標高2800mくらいところにある故郷の学校に顕微鏡を買って贈る」との言葉に、全員が少なからぬ感銘を受けました。

小学生の頃、初めて覗いた顕微鏡の世界・・・

ネパールの山を登らせてもらったり、多くの仲間たちとトレッキングを楽しませてもらったお礼としてはささやかだけど、参加したメンバーは、世話になった現地のポーター君たちや山村の少年少女の笑顔を想像したに違いない。

    ジャイ ネパール!!

                                                       

                                                         

                                                                   

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2008年2月21日 (木)

高滝湖のワカサギ③

2月21日(木)

天気予報では暖かいというので、また高滝湖へ行ってみることにした。

高滝湖のワカサギ釣りは2月末で終了のため、これが今シーズンの締めくくり。

5時に家を出たら7時前に着いた。

幹線道路は時間がポイントと気付いた。

ラジオの天気予報では、「北風が強くなる」というが、聞いていなかった。

車の外に目をやると、確かに木の枝の揺れが気になる。

高滝湖の駐車場には20台ほどの先客あった。

車外に出ると強い風を感じる。

対岸の木がかなり揺れていて、「きょうは北風が強く吹くようなので、桟橋より先(湖の沖)には出ないでください」のアナウンスが聞こえてきた。

釣り人が狭い範囲に固まっている。

何人もの人たちのいるブイにボートを繋ぐことにしたが、風で流されて先客にぶつかりそうになってしまい、イヤな顔をされてしまった。

     Takataki02

朝の内はこんな感じだったが、北風に揺れるボートに耐えかねてアッという間に桟橋に移動してしまった。

一人で粘り20尾ほど釣ったが、湖面を見ていると目がまわってしまいそうな上、アタリもなくなったので桟橋周りに移動することにした。

しかし、移動に遅れをとってしまい、釣れそうに思える先週の場所のあたりにはそれらしい顔の人たちで占められていた。

岸寄りに繋いだが30分ほど何の音沙汰がなかったので、空いているところにボートを動かしたがそこもダメ。

少し風が弱くなったように思えたので、元のブイに戻ってみた。

     Takataki01_2

     Takataki03

          桟橋と陸との距離はこんなもの

     Takataki04

            これは??

     

    いろいろあって、今日の釣果は99尾、楽しい1日でした。

今年はワカサギ釣りばかりでまだ筑波山に行っていない、来週あたりは・・・と思っています。

     

    

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2008年2月14日 (木)

ワカサギ釣り ②

        Takaakiko02_2

もう一度「ワカサギ釣り」をしたいと思いながらも、連日の寒さと早起きに、「行こう!」という決断が出来なかった。

週間天気予報を見て、晴れと暖かい日はないか?と探して2月14日に絞り込んだ。

しかし、前日の寒さと強風から迷ったが、風は弱まるとのことだったので、やっと決断した。

前回は国道の渋滞で思わぬ時間がかかってしまったので、今朝は1時間早い5時半に家を出てみた。

場所は市原市の「高滝湖」

8時過ぎに到着。

ボート代、入漁料を払いエサを買ってきょうの釣りポイントを聞いてみた。

事務所前の桟橋近くに釣り人がかたまっていたので、

「きょうは近場ですか?」

遠くのブイには人影がないので、すぐ目の前にあるロープにボートを繋ぎ、はやる気持を抑えながらエサを付けて開始。

何度やっても釣り始めは逸る気持を抑えられない。

きょうの目標は1束半(150尾)

風もなく湖面はナギ状態で陽ざしも暖かい感じがする。

1時間ほどやってみて、10尾ほど・・・これは期待はずれ。

沖に出ている人は何人もいないが、思い切って前回の場所に移動してみることにした。

やっぱり、「釣れない」

風が出てきて、ボートの底を波がビチャビチャと鳴らしだした。

「風が出てまいりましたので、ボートは桟橋近くの場所へ戻ってください」とアナウンスがあったので、移動することにした。

このポイントでは30分ほどで5尾くらいだったろうか。

まだ15尾くらいしか釣っていない、これではきょうは30尾がいいところか。

さて、何処へ行こうか・・・。

     Takatakiko01

ボートを係留してある桟橋のボートに自分のボートを繋いで、湖での釣りらしからぬ味気ない釣りをしなければならない。

気分的には、とても釣果が上がると思えない環境だが、風除けなので仕方ない。

ま、やってみるしかない。

気持の乗らない場所だったが、ボチボチ釣れ始めると気分はうららかになる。

風をよけて隣りに繋いだ中年の人に、「おとうさん、釣れますか?」と声をかけられたが、「おとうさん」はないだろうと不機嫌になり、「釣れません」と言ってやった。

実はそこそこに釣れだして、50尾は超えていたと思う。

ワカサギを入れていた袋に穴が開いていたので、別の袋に移す時に数えてみると「74尾」もいた。

もしかしたら前回を越えられる?

期待をするとダメなもので、アタリ(魚の音沙汰)がピタリと止んでしまったた。

     Takatakiko03

鴨が何度も行き交います。

岸寄りのお隣りさんは釣れていなさそう(写真は加工してあります)

ところが、桟橋の先端近く位置するわが方は、突如「入れ食い」状態になり、前回を超えたなと思っていると、二度目の「入れ食い」になりました。

入れ食い=快感=多忙♪

オモリが湖底に着く前にアタリがあって、2本の竿をせわしなく上げ下げする楽しい時間。

        Takatakiko04

3時半まで頑張って、きょうの釣果は145尾でほぼ目標達成。

取りあえずは満足です。

家に戻って、早速「から揚げ」にしてビールでカンパイ!

明日はテンプラにしようか、南蛮漬けにしようか・・・♪

    ☆photoはケータイ・カメラで撮りました。

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2008年2月 9日 (土)

足慣らしとミーティング

4月3日出発の《ヒマラヤ眺望とラリグラス》トレッキングに備えて、逗子から鎌倉へと冬のハイキングをして、話し合いなどをすることにした。

できたら長く歩きたいのだが、この時季、適当な山には積雪があって奥多摩なども難しいので、三浦半島で足慣らしをすることにした。

2004年の《エベレスト遠望トレッキング》に参加した千葉のメンバーから、昨秋、話が持ち上がり実現することとなった。

当初、20名近い参加希望があったが、勤務の都合、家庭の事情や体調不良などもあって、メンバーは総勢13名となった。

コースは カトマンズ⇒ポカラ⇒ガンドルン⇒ゴラパニ⇒プーンヒル⇒ティルケドゥンガ⇒ポカラ⇒カトマンズ を12日間のゆったり旅♪

     Img_0004

☆足慣らし 

2月8日晴れ

JR逗子駅11時集合 トレッキング・メンバー11人 + 1人。

参加メンバー中1名は急用、1名はかぜをひいて欠席。

逗子の市街地に、日曜日と前々日の残雪は見かけなかったが、歩き出すと僅かながら集められた残骸のような雪が現れた。

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           久木(ひさぎ)大池の東屋

想像していたより大きな緑色の池だった。

きょうのリーダーは地元のTくん、それにアシスタントはWくん。

陽ざしは暖かく、少し歩いて着ているものを一枚脱ぐことにした。

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            歩きやすい道が続く

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             横浜方向の景色

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      陽の当らない斜面にはこんなに雪があった

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      熊野神社上の陽当たりの良い階段にすわって昼食 

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              存在感のある朝比奈(朝夷奈)切通し

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          滑りそうだが滑りにくい岩の道

歩き慣れた天園コースは雪がぬかるんでいそうなので、瑞泉寺に寄ってみることになった。

     Photo

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                 岩 庭 

      080208l

☆鎌倉宮にも立ち寄り、4時で予約しておいた鎌倉駅前の「和民」でカンパイとミーティング♪

2時間の制限時間はあっという間に過ぎ、後ろ髪を引かれる思いでお開きとなった。

「3月にもう一度足慣らしをしましょう」ということにして、いくつかのグループに分かれて家路に着いた。

  

       

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2008年1月10日 (木)

初・・・はワカサギ

      

     本年もよろしくお願いいたします

今年は筑波山ではなく、ワカサギ釣りで始動しました。

渓流の「イワナ釣り」ではありませんが、報告させていただきます。

フライ・フィッシングを始めたのは20数年前、その前年に芦ノ湖で教えてもらったのが初体験で、その後、何年間か超熱中したりしましたが、この数年間は年に1回くらいしか行っていませんでした。

初めての芦ノ湖で束釣り(そくづり、1束=100尾)したのが、のめり込むきっかけだったのだと思います。3年間くらいは芦ノ湖通いをしました。

渓流釣りが禁漁になるころからワカサギ釣りが始まります。

一般的には、冬の風物詩として報道される「氷上の穴釣り」を想像しますが、シーズンは秋から始まります。もちろん、氷結しない湖です。

氷上の穴釣りも、榛名湖に始まり山中湖、松原湖、白樺湖などに行きましたが、あれは地元の人たちものといった感じがして、熱はすぐに醒めてしまいました。

1月9日(水) 曇り後晴れ

3月下旬の暖かさになるというので、前日に思い立ち、物置から釣り道具を引っ張り出してきて、竿や仕掛けやリールなどをチェックした。

1年振りだが、ほとんど手を掛けないでいい状態にあった。

この2年くらい、「行こう」と思いながらも、寒さを感じるようになった体が、年末にアクションを起こさせなかった。

体だけでなく気持も大分縮まってしまっている。

場所は千葉県市原市にある「高滝湖(たかたきこ)」

国道16号はいつものことなのだろうがかなり渋滞していて、現地に到着したの9時30分。どちらかというと早朝に釣れることが多い釣りだが、「久しぶりだし、楽しめればいい」。

事務所横の駐車場は私の車でほぼ満車で、袖ヶ浦と千葉ナンバーの中に野田と足立の車が1台ずつあった。

ボートを借り、入漁料を支払いながら係りの優しいおじさんから、「近くから始めたらどうですか」というアドバイスを受けてスタート。Bというブイにボートをつないだ。

4人の先客がいた。「釣れますか?」と聞くと、『ボチボチだな』との顔には〔釣れない〕と書いてあった。

ま、やってみるか。

     Takatakiko01

               釣り上げたワカサギ

竿は2本まで使用可、左手の竿で釣ったものを、右手に携帯を持ってパチリ!

置き竿の汚れは積年のワカサギのウロコだ。

今回は自作の竿を4本持参した。それぞれに個性を持たせてあって、その日の具合によって使い分けようという思いがある。(市販のものも3本持っていて、姿は美しいが今回は持参しなかった:今は改良されているのだろう)

     Rod01

最初真ん中の2本を使ったが、1本は硬めのためかワカサギのアタリに上手く合わなかったので、上の長めで柔らかいものに変えたら「かかり」が抜群に良くなった。

一番下は「穴釣り用」として作ったもの。

2時間ほどで約50尾は「まあまあ」だが、ちょっと間があり過ぎか。

(防寒で着込んだ上にライフジャケット付けてモコモコ、寒いというより暖かい)

しかし、午後になると1時間で2尾という寂しさ。

     Takatakiko02

ボートのすぐ近くにあった「トンボ」、と一瞬思ったがシッポが違う、「カゲロウ」だろうか、湖中にある。

ベテランらしき方は動く気配がないが、あまりにも釣れないので場所を移動することにした。

ずっと遠くでやっている人もいるが、ズボラしてボートの係留桟橋に近い所へ行ってみた。

風もないので水面が輝いてまぶしい。

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              カモが度々遊びに

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           この作品は何だろう? (仮面ライダーだそうです)

この隣りのお方をチラリと見た時、針全部にワカサギを掛けて上げていた。今度はオレの方に来る!と待機していたが15分待っても音沙汰なかった。

一度に7尾~10尾も釣れると外す作業が厳しくなる。魚が動いて絡まったり引っ掛けたり、慣れないとたくさん掛かったお蔭で、かえって手間取って遅れをとったりしてまうが、キリキラ舞う姿は美しい。

(針は大体7~12本付いたものを使うが、短い竿では7本針が適当か)

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    3時過ぎまでねばっての釣果、家で数えてみたら86尾

               楽しい一日だった。

       今晩、テンプラかカラ揚げでいただきます

(ワカサギはキュウリウオ科の魚で、触れた手は生臭くはなく強いキュウリの匂いが移る。家に持ち帰ったら、少量の塩水で軽くもみ洗いして汚れなどを落として綺麗にすると銀色に輝く。市販のもので大きめのものは、同じ科の「チカ」という海水魚であることがあるが、味は一緒か?)

《負け惜しみ》

高滝湖のホームページによれば、1月9日に450尾釣った方の写真が載っていた。ピークの時には針からワカサギを外すマシーンになったに違いない。

一度、群馬県の鮎川湖の解禁日に、短時間で400尾ほど釣り上げたことがあった。

その時同行の友人と一致した感想は、「釣りじゃない、ただ魚を(針から)外してただけだね」

だが、ワカサギ釣りは数を楽しむものでもある、しかし、自分としてはブルッとしたアタリを確認して、リールを巻き上げながら水中を覗くと、銀色に輝く細い姿の踊りを確認するのが楽しみだ。

漁師じゃねぇ!

でも1束半くらいは釣りたいものだ。

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2007年12月28日 (金)

日向山

       Hinatayama02

12月27日 10時45分登山口着

日向山(ひなたやま)は南アルプス甲斐駒ケ岳の前衛的な山で、美味しい水の「白州」に登山口がある。

以前は山梨県北巨摩郡白州町だったが、現在は北杜市白州町になった。

国道20号から登山口までは、舗装された林道なので歩くのは鬱陶しいが、車で行くと1300mくらいまで一気に行けてしまう。

実は、日向山を登り来たのではなく、白州に住む友人宅に前日からお邪魔し、そのおまけで「天気が好かったら」行ってみたいと思っていた。

この時期に訪問するのは申し訳ないとは思いつつも、以前は年に1度以上は遊ばせてもらっていたのが、ここ3年ばかりはとんとご無沙汰してしまったので、自分勝手に「今行かないと、来年も来れないぞ」と思い、押しかけてしまった。

世間の音など聞こえない、空気が冷たく澄んだ白州の森の中にあるログハウスで、現在はまるで生活環境が異なる友人と語ってみたかった。

で、5時前からカンパイが始って、「もう12時だよ」ということで寝た。

従って、歩くには相応しくない朝を迎えたが、きのうに続き凄い青空。

お邪魔して、ご馳走になった挨拶もそこそこに登山口へ向かうこの勝手さ加減。

「きょうの山は貸切りだろう」と思ったが、登り口の駐車場には2台の先客あり、その内1台はなんと柏ナンバーだった。

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         傾斜のない緩やかな登り

普段であれば、軽やかに歩ける山道だが、なぜか心臓の鼓動が激しく、顔面が異常に暖かい。朝ごはんは普通にパンケーキをいただき、紅茶を3杯くらいお代わりした。

これは初体験の不調、無理せず時々立ち止まり、景色を確かめながらゆっくりと歩くことにした。

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         まず、こんな八ヶ岳が見えた

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            そして富士山

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            予想以上の雪道になった

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        鳳凰三山の地蔵岳、右手は北岳か

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        もちろん甲斐駒ケ岳

1時間もすると体調が良くなって来た。

三角点のある頂上は、高い木々があって眺望はきかない。

少し先に行くと

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            雁ガ原

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   そこから見えた八ヶ岳と蓼科山など、いい眺めだ

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          やっぱり甲斐駒がいい

日向山(1660m)は二度目、前回は滝のある急な道を下ったが、登山口に「崩壊のため通行禁止」の立て札があったので、同じルートを引き返すことにした。

雪のない時季ならルンルンのハイキング・コースだが、凍った雪道なので軽アイゼンを着けることにした。

今まで、この程度のコンディションで軽アイゼンを使うのは軟弱と決め付けていたが、やっぱり68歳、軽のお蔭でホイホイ気分で駐車場まで駆け下りた。

上で会った人はお一人、柏ナンバーの車はまだあった、禁止ルートを行ったのだろうか。

  皆さん 良い年をお迎えください、また来年も楽しい山旅をしましょう

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2007年12月15日 (土)

千葉グループの忘年会

千葉グループの忘年会も5回目を迎えた。

2003年10月に登山講座としてスタートし、実技をそのまま4年間も続けて来た。

年に6、7回の山行を持って、28回も重ねた。

何人かのメンバーが抜けていったが、加入する人もいて毎回の参加者が10人を切ることはなかった。

こんなに長い間継続できたのは、会の運営を献身的に手伝ってくれたAさんと、26回も参加してくれたNさんの力添えによるものだ。

また、参加ということで支えてくれたメンバーの方々の、山への強い興味に後押しされた面もある。

ほんの数回のつもりがこんなに続いて、日帰りの山や1泊の山の手持ちが底をついてきてしまった。

なるべく同じ山へ行くことを避けてきたが、25歳から75歳までの年齢層を同時に満足してもらうのはなかなか難しい。

68歳の誕生日を迎える前に決心をした。

選ぶ山のこともあるが、自分自身の引率責任に、気持での緩みのようなものはないつもりだが、体力面での衰えは認めなければならない。

同年代の仲間と較べると、まだまだ人並み以上と思えるが、15人を超える参加者の安全保持などを考え、けじめとして今までやって来た方法での、「楽しむ山歩き」千葉の会を閉会することにした。

急な決定なので、来年は回数を減らして実施することで会員の了解をもらうことにした。

まだいくつかは残っている山もあるので、楽しんでもらえるだろう。

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           0721l

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           Sibutu20

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        忘年会-セクハラおやじは誰だ!ごめんなさい-

     

と書いてきて、忘年会が終わってみると、何か自分で割り切れないものがある。

続けたいという気持が残っているのだ。

楽になりたい気持も強いが、この歳になって生活の重要な行動をストップした後の自分の気持に大きな穴が空くことに気付いた。

忘年会で前後不覚に酔ってしまい信用のようなものを失墜してしまったが、山へ行きたいという人たちがいれば、継続しないのはやっぱり裏切りではないか?

裏切りのつぐないに来年、2、3回山を実施するのなら、安全その他の問題を解決しながら前向きに続けるべきではなかろうか。

よしっ! 来年は初心に戻って「中高年の山歩き」を追及してみよう。

千葉のみなさん、来年は回数は減らしますが「中高年」でゆとりの山歩きをしましょう。

若い人たちも、よかったら参加してください。

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2007年11月29日 (木)

三頭山

11月28日(水) よこすかグループの忘年山行

三頭山(1531m)へは何度登っただろう。

奥多摩の山の中では一番行ったような気がする。

初めの頃は一人だったので、長く歩こうという気があって仲の平から槇寄山に登り、ヌカザス山からイヨ山経由などで奥多摩湖へ3回くらいは下りたと思う。

「都民の森」という俗っぽい場所を避けていた。

初めて数馬から都民の森経由で登ったのは、一昔前によこすかグループの二人とだった。

以降、奥多摩湖側へ下ったことはない。

今回は、軽く歩いて武蔵五日市の蕎麦屋でカンパイしようということなので、三頭大滝経由の道を選んだ。

マドンナズに3人のドタキャンがあって、参加者は12名。

ブナの路からのルートを予定していたが、行ってみるとロープが張られて「台風により崩壊箇所があるため通行禁止」となっていた。

多少時間がかかるが、道なりに「石山の路」を行くしかない。

大沢山経由の稜線は、富士山の眺められる箇所があるのだが、きょうの山は霧に包まれていて見通しがまるでない。

落ち葉が重なった稜線歩きは心地よい。

立派な避難小屋で休んで西峰に登り昼食となった。

10m先のベンチに座っているメンバーが、ぼやけて見えるほどの霧。

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               ( Hさん撮影)

久しぶりに参加したS君の話題もあったりして、食事をしながらの話が弾んだ。

帰りは鞘口峠経由で都民の森のバス停へ、14:20の数馬行きには余裕の時間だった。

数馬行きのバス(無料)を降りて、「数馬の湯」で汗を流して武蔵五日市の「忠左衛門」でプレ忘年会をして楽しい山歩きを終えた。

これで、今年予定した山を終えたことになる。

「何かやり残したことはないか?」

よこすかグループの山、ちばグループの山、いばらきグループの山への参加・・・。

「ヨシッ!」と思って決意した、チベット奥地への探検・登山隊への参加を取り止めて、自分の気持の変化や年齢などを感じる年でもあった。

おめでたいことに、今までずっと「衰え」を受け入れなかったが、やはりこれからは心身ともに老いとの「戦い」、「受け入れ」の兼ね合わせを上手くして行かなければならいようだ。

山歩きは続けるし、いつまでも何かにチャレンジして行きます。

          Img_0001

              アンナプルナを背に

(三頭山で写真を撮ったのですが、保存を間違えてデータを失ってしまいました。で、無写真の報告となってしまいました。 初体験ですが反省&「戦い」です。)

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2007年11月20日 (火)

扇山と百蔵山

11月17日 千葉グループの山

東京組4人は、07:15 東京駅丸の内側新丸ビル前集合。

参加者が寝過ごしたとかで千葉の出発が10分ほど遅れたというが、首都高の昨夜の事故処理が遅れたことでの渋滞に巻き込まれたようで、新丸ビル前にバスが到着したのは8時過ぎであった。

待っている間の空は、晴れから曇りへ、ボケーっと待つのは寒かった。

土曜日の首都高の流れはいいはずだが、今朝はあちこちで車にブレーキが掛かり「渋滞○キロ」の表示が出た。

現地着があまり遅れるようであれば、扇山だけにしようかなどと考えていたが、10時には大月カントリークラブの上にある扇山登山口に着いたので、予定どおり2山の縦走をすることにする。

参加者は15名。

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             下枝を掃った杉林を行く ①

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                     ②

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      陽ざしに輝く落ち葉のジュータンを踏みしめて・・・

扇山と百蔵山は富士山を見るために計画した。

上空は青空なので目的は果たせそうだ。

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頂上で富士山を眺めながらの昼食を予定していたが、残念ながら見えない。

富士山の方向の一部分に雲があって、その姿がなく計画者としては申し訳ない感じ。

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                  ランチ①

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         ランチ② 頂上での寛ぎ。風がなく暖かい

百蔵山での富士見を期待して、扇山を後にした。

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            百蔵山への心地よい広い稜線を行く

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          遅れるメンバーもなく歩みが続く

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          1117j

       緩やかな厚い落ち葉の道をもったいないくらい下って

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          厳しい登りになると会話も途絶えた

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          樹間に見えた扇山は秋の色

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      百蔵山山頂での記念撮影、ここでも富士山は隠れたままだった

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            市営グランドへの下り

きょうはトップを山岳部仲間のY君に頼んで、終始最後尾を歩いてみた。

登るメンバーの表情をとらえることは出来なかったが、後姿は全体が見える。

千葉グループの山歩きも約4年が経過して、登る山がなくなってきた感じがする。

すっと以前から考えていたのだが、きょうも歩きながら考えた。

北アルプスなどではまだまだ残っているが、グループに適する山はそうそうはない。

引率責任もある。

さて、どうしたものか・・・。

ほぼ予定どおりに下山できたので「猿橋」に寄ってみることにした。

     1117o

     1117p

橋の上から見下ろすとかなりの高度を感じる。その昔、架橋は人間ワザではないと思われて「猿橋」という名が付いたともいう。

千葉グループ今年最後の山。

第一目標の富士山を見ることができなかったが、天気の心配もなく楽しい山歩きを出来たと思う。

     

     

        

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2007年10月28日 (日)

日光/男体山

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                10月25日の男体山

よこすかグループの山。

1泊の山旅。

横浜、東京経由のバスで日光へ。

10月25日 またとない秋晴れ! 観光と散歩。

中には今年3度目というメンバーもいて、行ったことがないという二荒山神社に行ってみた。

「なるほど」などと見上げて山門?をくぐったが、拝観料550円と聞いて「どうする?」

「ビール一杯飲めるね」でターン。

有志数人で、思い切って東照宮に入ってみることにした。

中学の修学旅行以来かもしれない。

拝観料はなんと「1300円!これは高い!」

無駄なことではあるが係りの巫女?さんにいってみた。

「1300円はちょっと高いんじゃないの、800円くらいだったらソウカと思うけど、1300円じゃ考えちゃうよ」(団体さんは考えない)

『はい、伝えます』

平日だというのにものすごい人出だ。

老若男女、特に中学生が多い。

でも、懐かしかった。

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     Nantaisan03_2

                Nantaisan04

宿は中宮祠の民宿「すぎもと館」、早朝出発の登山に対応してくれる。

1泊2食で7000円、柔和なご主人だった。

                                                      

26日 5時半朝食、6時20分バスで志津乗越(しづのっこし)へ向かう。

昨夜は食後総勢15人が一室に集まり、今日の話、山の話、高校時代の話、中学の話、ネパールの話などなど尽きなった、ので今朝は・・・。

中禅寺湖畔を走るころは青空もあったが、志津乗越へ着きバスを降りるとポツポツと雨が落ちて来た。

雨具を着て、「さぁ、雨の山登りを楽しもう!」と元気付けて出発。

志津小屋の前で下山してきた4、5人のパーティーに出会った。

3合目まで行ったら雨が降り出したので止めて帰るとのこと。

「これはなんだ?」

我が隊には不調メンバーがいて少し遅れだした。

マドンナさん二人が心配して、「今なら戻れるから一緒にもどろう」と声を掛けた。

当人の「行く」という強い決意があって頑張ることになり、もう少し見守ることにした。

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男体山は初めての山、観光地にある山という感じがして敬遠してきたが、3年ほど前に女峰山から眺めて、「登ってみたい」と強く思った。

その気になって山を見ると山は違って見えて来る。

通俗の山と思っていたが、結構崇高に見えて来た。

登山道がかなり荒れているのは、大勢の登山者があるためか、土壌がそうなのか?

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                先週降った雪

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        森林限界を越えても周りの景色は霧・雲の中

会話しながら下を向いて歩いていたら、頂上らしいところへ出た。

三角点が男体山の頂上なのだろうが、それらしいものが見当たらない、宗教的な慣習なのだろうか。

「日本百名山」などという目ざわりな石碑なんかがないのがいい!

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     頂上でランチの願いは叶わず、鼻水を流しながらの記念撮影

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           強風、頑張って二荒山大神の前でも

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岩がゴロゴロした段差の激しい道を下って、9合目の小屋(売店)の前で元気に立ち食いランチ。

山の表側(二荒山神社側)は昨日で閉山のようで、頂上のそれらしい建物も下山道のそれもすべてクローズされていた。

雨はほとんど止むことはなく、開いていた休憩所らしい掘っ立て小屋のトタン屋根を強く叩いた。

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  ずっとボコボコ道であるはずもなく、5合目を過ぎるとこんな中を歩いた

  「綺麗ねぇ」「きれーだなぁ」と立ち止まって楽しんだ

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4合目からは林道に出たりして、男体山も終わりに近付いた。

二荒山神社の門は閉ざされていたので、脇を回って山門の下で雨具を脱ぎバスに乗り込んだ。

ヒザ痛で遅れたメンバーもいたが、うん、結構充実した山歩きだった。

雨中の山歩きは単調なものだが、意外と抵抗なく登れた変化のある道と、下山の岩の道と下部の紅葉のお蔭だろうか、私は山仲間に恵まれている。

人と出会ったのは、志津小屋のグループの他は一人だけの静かな山だった。

帰りのバスは昨夜のつづき、首都高の渋滞があって東京駅へ着いたのは7時を回っていた。

早朝や前夜発で日光の山を登る方法もあるが、われわれは「ゆとり」も山歩きの楽しみとしている。

前回の北穂高岳に続いての雨だったが、「雨また楽し」の山旅だった。

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2007年10月15日 (月)

秋の焼岳へ

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               活火山 / 焼岳北峰(2393m)

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                 紅葉の焼岳

中の湯の上から登山道に入り、ブナ林もある見通しの利かない急な道から開放され、明るいところに出ると想像もしていなかった焼岳があった。

紅葉真っ盛りの平地の奥に焼岳が聳え立っていた。

                                                        

10月13日(土) 千葉グループの山

1泊2日の山旅。

中の湯温泉に泊まって焼岳に登るの目的だが、早い時間に温泉直行では翌日の登山に体調不良者を出しかねないので、「美ヶ原」に立ち寄ってみることにした。

東京は曇りだったが、山梨県に入る頃には青空も出て、高速を松本で下りるころには晴れとなった。

チャーター・バスの窓から見える山頂らしき所に鉄塔が立っているのが美ヶ原だろう。

3、4年前、山本小屋で働いていたネパール人の友人を訪ねて、夏に2度と8年ほど前の初冬にも1度来たことがあるので、今回は不案内な美鈴湖経由で王ガ鼻と王ガ頭(とう)へ行ってみることにした。

1時間ほどの散策をして昼食をと、美ヶ原高原のバス停にある駐車場から王ガ鼻を目指して歩き始めた。

標識がよくわからなくて、「まあいいか」と鉄塔の辺りへ向かっている道を適当に進むと、立派なホテルが建っていた。

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ホテルの前にベンチがあったので、遠くに放牧された牛を見下ろしながらコンビにで買った弁当などを開いた。

じっと座っていると冷えて来たので、曲がりくねった登りの道で、バスから見えた穂高や槍に満足して中の湯へ向かうことにした。

深田久弥氏は、その著書「日本百名山」に美ヶ原を入れているが、今の時代であったらどうだろうか?

まあ、NHKなどのテレビ塔は筑波山より遥かに立派だ。

☆中の湯へ着くと、玄関から明神岳と前穂高/吊尾根と奥穂高岳がはっきりと見えた。

今回で4度目の中の湯だが、穂高をしっかり見たのは初めてのような気がしたので、お天気の変わらない内にと、チェック・イン前に何ショットかをカメラに収めた。

温泉には、着いて早速露天風呂から穂高を眺め、寝る前は夜空を見上げながらゆっくりと浸った。

シーズンということで、前回とは違って夕方は大賑わいだった。

14日(日)

朝6時、窓の障子を開けると、外はガス(霧)で穂高は見えない。

朝食は7時から。

早朝出発の際は弁当も可ということだったが、折角の旅館宿泊できっと「朴葉みそ」が出るだろうし、食べたことがないメンバーもいると思い、7時の朝食とした。

その前にひと浴びして顔を洗った。

準備をして外に出ると、ガスが上がって穂高が見えて来た。

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                中の湯の玄関前で

関東地方はイマイチの天気予報だったが、飛騨高山と松本は晴れの予報。

秋晴れを期待して、8時前にバスに乗り登山口へ向かった。

駐車場はいっぱいの賑わい、30台もあっただろうか。

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             こんなぬかるんだ所もあった

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                焼岳が樹間に姿を現した

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  釜トンネルへの分岐で、ここから先に下山する I さん夫妻と一緒に記念撮影

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            これが秋の焼岳

紅葉真っ盛りで、メンバーも私もちょっと歩いては立ち止まり、眺めては感嘆の声を上げシャッターを切った。

「凄いね、綺麗だね!」

見飽きることのない色と色の組み合わせに目を奪われた。

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               本峰の左側斜面の色模様

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                     配色の妙

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         南峰と北峰の間にこんな池(火口湖)があった

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              音をたてて白煙を吐く口

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     穂高の吊尾根をバックに焼岳登頂を果たしたメンバーたち

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スカッとした秋晴れではないが、西穂から奥穂への稜線と前穂との吊尾根、左には槍の穂先も見えた。

穂高を挟んで両側にどっしりとした霞沢岳と笠ケ岳が目前にあり、眼下には大正池の一部や上高地の赤い屋根があった。

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            景色を堪能し、昼食をして下山

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「中の湯」と「釜トンネル」への分岐まで一気に下り、そこからルートを旧道ともいうべき釜トンネル入口へ下りる。

多少長いが同じ道を下るより緊張感があるだろう。

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木立が見えて来て、これで焼岳を眺められるのもお終いと思い、振り返った。

 

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              そして、これが穂高だ

しばらくして、先に下山した I さんに釜トンネル手前で出迎えられ、今回の登山は終了した。

天気と紅葉のチャンスに恵まれた山旅で、参加メンバーからは、「今までで一番いい景色を見た」といった感想も聞こえてきた。

自分としてはいつも山選びが先で、紅葉とかいったものを目的にして行くことはなかった。

しかし、こんな情景に出会ってみると、違った感動あった。

考えを改めなければいけないかとも思えて来た。

遅まきながらそういう年齢に達したということかもしれない。

それはそれでよし。

           楽しい1泊2日の山旅だった。

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美ヶ原に咲いていた「ハクサンフウロ」、だと思うが、この時期に咲いていたとは・・・。

    

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2007年9月10日 (月)

初秋の 至仏山

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                   至仏山

9月8日(土) 

台風一過の尾瀬/至仏山(2228m)へ

千葉グループの山。

澄み渡るような秋空とは言いがたく、雲があり夏のように湿気の高い空気が漂っていた。

この時期の週末の尾瀬は、マイカー規制があって一般乗用車は入れないが、中型バスは鳩待峠まで上がることが出来る。

きょうの宿泊予定は「山の鼻」の至仏山荘。

時間に余裕があるので吹割の滝に寄って行く計画にしていたが、あすの天気は曇りという予報だったので考えた。

晴れた尾瀬ヶ原、青空の至仏山と燧ケ岳を確実に見てもらうため、鳩待峠へ直行することにした。

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              人影まばらな鳩待峠で昼食

1時前に至仏山荘についたが、部屋の準備が出来ていないということなので、30分ほど外で待つことなった。

チェック・インして、荷物を部屋に納め尾瀬ヶ原へ♪

「尾瀬ヶ原ってこんなに近いの?」と驚くメンバーもいて、期待を感じて歩いてみることにした。

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               向こうに燧ケ岳があり

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        こちらのバックは至仏山

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      ヒツジグサ、って、この花は草? 大きさは数センチ

尾瀬ヶ原は夏の緑から、秋に移る中間の色。

7月や8月のようにたくさんの花は咲いてはいないが、ポツン、ポツンと咲くウメバチソウに季節を感じた。

尾瀬に人が繰り出すのは、ミズバショウの6月やニッコウキスゲの7月と8月、そしてクサモミジの10月に集中するようだ。

その季節では、木道に立ち止まって辺りを見渡すのもままならない。

木道を歩く団体のほとんどは、わき目も降らずに前の人の足を見ている。

派手な花の時期には程遠いが、至仏山に目的を合わせ、「静かな尾瀬」を味わえると思いこの時期を選んだ。

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        山荘に戻り、湯で汗を流して待ちに待ったビールでカンパイ!

入浴時間は3時半から7時まで、夕食は5時、朝食は6時がきまり。

16人用の2段ベット部屋が、われわれ13人の貸切り、久しぶりの参加となったMさんを囲み、制限時間まで楽しい語らいが続いた。

                                                      

9日

朝、5時頃になると山小屋が起きだす。

窓の外をおおっていたガスが飛んで、至仏山が朝日に輝いている姿があったので、外に出てみた。

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           だれもいない尾瀬

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             朝もやに霞む燧ケ岳

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         モーニング・コーヒーは5時半から楽しむ♪

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              ストレッチをして出発準備

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             蒸し暑い樹林帯を行く

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       森林限界を超えて振り返ると、見飽きることのない風景がある

                                                                  

泊まった至仏山荘を眼下に見つけ、尾瀬ヶ原、燧ケ岳を望む・・・これは感動だろう。

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           頂上まであと一息

この岩がゴロゴロした道には、木製の階段が作られている。

この階段がなければ、登山道は削り取られてしまうのだろう。

歩幅に合った階段となっているが、木道と同様に雨天時にはかなり危険が伴うに違いない。

至仏山は蛇紋岩からなり、この岩は見るからに滑りそう。

特に山の鼻側からの登山道に露出しているため、下山道としないように指導しているようだ。

昨日もお尻をどろどろに汚した若い人を見かけた。

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        時々、霧が強い陽ざしを遮ってくれる

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           バンザイ! 無事登頂

上空は青いものの、燧ケ岳と会津駒ケ岳以外の山々を見ることはできなかったが、満足してもらえたことだろう。

千葉ブループは何回も雨に好かれた感じだったが、これが厄払いになって欲しい。

お腹の空く時間だったが、積極的に「腹が空いた」という声が聞こえないので、「半分くらい食べましょう」ということにした。

これは今朝の食事がしっかりしていたということか?

今シーズン尾瀬の山小屋は、長蔵小屋、弥四郎小屋にも泊まり、食事はいずれも不満足なものだったが、今回の至仏山荘は満足しなければいけないだろう。

山小屋は、荷揚げの便利さ不便さの差も考慮しなければならない。

至仏山荘は便利のためか、朝のみそ汁のミソをふんだんに使いすぎている感じがした。

(実は早朝の味付け、味見は難しい)

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            小至仏山へ続く稜線はこんな感じ

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          小至仏山方面から振り返った至仏山

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        鳩待峠に近付くと、至仏山は優しい姿に戻っていた

時々黒い雲が現われたりして多少は怯えたが、雨から開放された山歩きだった。

                                                      

[反省] いつもは、先頭を自分が歩くか山の友人に任せていたが、前回の八ヶ岳から下りの安全な部分からは、メンバー各自の速度で自由に歩いてもらうことにしてみた。

それは、同じ速さの仲間と語り合いながら、あるいはゆったりペースで楽しんでもらうのが狙いだったが、どうも三々五々というよりただバラバラに歩いただけのようであった。

速足の人、じっくり歩きの人と様々でいい、だが、緊急時以外は余裕を持った歩きが望ましい。

山歩きは速さを競うものではないし、歩きを出来るだけ楽しむものだと思っている。

余裕をもって歩くように心がけてもらいたい。

                                                      

☆ 出発点の峠には鳩ではなくバスが待っていてくれた。

急ぐほど時間ではなかったが、戸倉で温泉に入るべくすぐさま出発した。

可もなし不可もなしといった感じの温泉で汗を流し、3時に戸倉を発って東京に向かったが、高速道で事故渋滞に巻き込まれ東京着は8時近かった。

    それでも車中も賑やかに、そして楽しい山旅を終えた。

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2007年9月 1日 (土)

北穂高岳へ

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    賑わう上高地・河童橋、バックは明神岳と前穂高岳

8月29日(水) よこすかグループの山

新宿7時発のあずさ1号に乗り、松本駅から直通バスで上高地へ。

朝方は雨だったが、列車が長野県に入ると曇り空になり、松本へ着くと少し青空が出て暑くなって来た。

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           今回のメンバー

初日は横尾山荘に泊まり、二日目は登山隊とお散歩隊に分かれて行動、登山隊は北穂高岳に登り北穂高小屋泊、三日目に上高地で合流する予定にしている。

河童橋横のレストランで昼食をして横尾に向かった。

西穂から奥穂への稜線は雲の中だが、明神と前穂の辺りは雲が切れていた。

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1時前に上高地を出て横尾に向かうと、前方が明るくなってきた。

東大天井岳だろうか?

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平坦な道に調子が出て来たのか、思いがけずお散歩隊のT子さんが終始先頭を歩き、Vサインで横尾にゴールした。

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        4時前に横尾に到着、横尾山荘前で

寛いでいると、ポツポツと雨が落ちてきたので山荘に入ることにした。

ここには「みくりが池温泉」時代の仲間のO君がいて、3年ぶりの再会を楽しみして来た。

☆今夜は空き部屋もあるとのことで、彼と一緒に働いている奥さんの計らいで、4、3、3、3人の部屋割りでゆったりさせてもらった。 ありがとう。

すぐに風呂へ入ることにした、ビールが飲みたい!

新設された浴場は驚くほど立派で心地よい、背中からジェットが・・・。

もちろんセッケンやシャンプーの使用は厳禁である。

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            総勢13名

夕方からの雨は止むことなく降っていて、気持は沈み加減。

天気予報は、明日もあさっても 曇り/雨 と冴えない。

おとといまでの猛暑日はどこへ行ってしまったのか。

★ 「明日の朝、ザンザン降りだったら、白骨温泉だな」というと、何人かがニッコリした。

雨は夜じゅう降り続き、明け方には横尾山荘の屋根を強く叩いた。

30日

外が明るくなっても雨は止んでくれない。

5時30分朝食、取りあえず食べることにした。

夜中に目覚めた時にも考えたが、平均年齢67.5歳のグループの力とルートと、時間や雨中で過ごすことを思い描いてみた。

「雨も楽し」というコースではなく、この雨では登りはともかく下山時が危険だ。

◇北穂高岳行きを望んだのはT君で、5年ほど前に燕岳から槍ヶ岳を経て南岳へ縦走した時に、南岳小屋の裏から眺めた北穂高岳と、そこにへばりついたような北穂高小屋、そして滝谷の岩峰などに目を奪われた印象があって、今度は北穂高に登って大キレットや滝谷を眺めたいという強い要望で計画した。

食事を終えても雨脚は変わらなかったので、広い部屋に集合してもらい、登山の中止を告げた。

◆次の問題は、これからどうするか?

提案をした ①さっと松本に戻って家に帰る

        ②街(松本)に出て宿をとる

        ③近くの温泉へ行く

当然ながら①&②の賛成者はなく③に決定した。

ではどこに宿をとるか ①上高地 ②白骨温泉 ③中の湯 ④坂巻温泉

上高地は高そうだし混雑してそうということで×

「穂高に来たのだから、穂高が見えるところがいい」ということで③の中の湯にあたってみることにした。

(その前に北穂高小屋へ「申し訳ないがキャンセル」の☎を入れた)

中の湯は、「突然の13人ですが・・・」大丈夫ということで、荷物をまとめて横尾山荘を発って上高地に向かった。

往路をそのままというのも芸がないので、新村橋から梓川の右岸を歩くことにした。

工事の人にしか出会わなかった。

結構な雨量だったらしく、涸れていたであろう沢が増水して道なりに歩けない!

上流に渡渉ルートを探して、転んで全身が濡れるより・・・ということで多少流れに入ってもらった。

メンバーたちには初めての経験で、キャーキャー?いいながら靴を濡らし、真剣に渡ってホッとしていた。

カメラはザックに入れてしまったので、残念ながらショットがない。

◇中の湯は3度目、従業員が温かいわけでも、フロントがしっかりしてる、かわいいおねえちゃんがいるというわけではなけど、いい宿だ。

湯は熱いけど、ホースがあるから水を入れてもいいようだ。

露天風呂からも岳沢の穂高が見える。(はず)

10月には「ちばグループ」の「焼岳」でこの中の湯に泊まる。

岩魚の骨酒をお代わりして、いつものように話が弾んでいつ果てるやら。

従業員に迷惑を掛けてはいけないので、9時前に宴はお開きとなった。

                                                      

8月31日

きょうも雨で穂高は見えない。

雨が止むと岩ツバメの舞いが窓いっぱいに広がったりする。

きょうは昼を松本ですることにし、時間に合わせて松本城を見学しようということになった。

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山の方には雲があるが、この辺りは青空でお堀に何色かのスイレンが咲いていた。

☆結局、この山旅でのきつい登りは松本城内の階段だった。

しかし、この旅はこれでは終わらなかった。

昼食は「そば」を食べようということになったが、あの店(自分が知ってるソバ店)に13人は無理!ということで、駅まで歩く途中で探そうということにした。

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「おっ!」、このノボリに期待を込めてお邪魔することにしたが、店構えはなんかイタリアン!大丈夫か?

時刻は2時、「13人大丈夫」とのことでイン!

しかし、きょうのソバは9人前しか残っていない、が、そば粉をこねて焼き(出て来たものは厚めのソバ・チャパティー)特製ミソを塗って食べるものを作ってくれるというので、ソレにした。

結局は、1人前のソバの量は多めらしいので、9人前を11等分してもらうい両方をいただくことになった。

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味はどうだったか?

そば通ではないが、「美味かった!」です。ソバ・チャパティー(ネパールのナン?)はもう少し薄くしてカリッと焼いた方がもっと美味いかな?

40年ほど前、ネパールでほぼ同じようなそば粉製のものを食べたことがある。

酒のお通しには、初めていただいた「おいなりさん、一つ」と「生ユバ」と「ミョウガの甘酢漬け」。

うーん「美味かった」、センスがある!

そば湯は茹で汁ではなく別製! 好き!

ビールを飲んで日本酒も飲んで、ワインをいただいて1時間半も貸切りで@1500円!

間違いではないかと全員がどよめいた。

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メンバー全員が嬉しい気分になって、額に汗しながら作ってくれた感じのいい店のおかみさんと、ふっくらめの優しいお嬢さんと記念撮影をした。

山へは登れなかったが、盛りだくさんの旅が終わった♪

☆ 十割手打そば のお店は 「CCube(シーキューブ)」という。

松本市大手2-6-16   ☎ 0263-39-1928 定休日 : 火・水  

                営業時間11:30~15:00

                お試しあれ

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2007年8月14日 (火)

尾瀬の山 至仏山

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     尾瀬ヶ原から見た6月の至仏山

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  山の鼻から見た8月13日の至仏山(しぶつさん 2228m)

至仏山は、9月上旬に千葉グループの山として計画している。

今まで、「楽しむ山歩き」をする時は、自分が1回以上行っているところにしていたが、グループに合った山の手持ちが少なくなってしまっている。

最近は年齢を感じる自分もあるし、メンバーが山歩きをより安全に、より広く楽しんでもらいたいという思いもあって下見をすることにした。

深田久弥氏が、著「日本百名山」に上げているようにポピュラーな山で、わたしも高校生の頃からその名前を知っていた。

いっ時、行ってようかと思った時期もあったが、尾瀬の人出の多さ、混雑の様子にずっと敬遠して来た。

今年初めに、尾瀬も時期を選べばなんとかなるらしいとわかって、ヨコスカ組と燧ケ岳へ行くことを決めた時、千葉グループは至仏山にしようと思った。

自分自身もどっちも楽しめる♪

そんな計算もあった。

行って悪いことはないはず・・・。

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      宿泊予定の至仏山荘の朝

8月12日 東京駅八重洲口 22時過ぎ発の夜行高速バスに乗った。

戸倉着03:30、バス停の辺りは真っ暗。

このバスは終着の大清水へ先に行き戸倉へ戻った。

それは、戸倉の案内所が4時にならないと開かないので、早朝から歩き出す人がいるという大清水へ先に行き、戸倉の乗り換え場所(鳩待峠行)で時間まで待機するのだという。

「大清水です」といわれて、「??」だったが理由を聞いて納得した。

鳩待峠から歩いて、6時前に山の鼻の「至仏山荘」前に着いた。

ベンチで持参のサンドイッチを食べていると、山荘のアナウンスが聞こえてきた。

「ご宿泊の皆様にご案内いたします、朝食の用意が出来ました・・・」

6時が朝食らしい。

天気は最高! というより暑くなったぞ!

今朝、戸倉に下りたときは肌寒かったのだが、陽が出ると一気に温度が上がって、街の気温と変わらない感じがする。

5時間の「夜行バス」は様々な影響と恩恵を与えてくれる。

安いが意識は朦朧・・・時間は圧縮されている。

山歩きで、「寝てないから」という理由は成り立たない。

「ちょっと眠れたから大丈夫だ」と思わないといけない、楽しみに来て歩くのは自分なんだから。

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     花が咲いていた

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   森林限界を超えると、尾瀬ヶ原が眼下に広がっていた

        これは感動だ!

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    6月に登った「燧ケ岳」 (尾瀬沼の方が似合うみたい)

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     ミネウスユキソウか?

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           越後の山  巻機山と中ノ岳?

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日光の山々、左奥は男体山、真ん中は日光白根山、右は皇海山か

会津駒ケ岳、平ケ岳、大源太山、谷川岳、苗場山だと思う、地図を出して何度も確認した。

時間に追われているわけではないので、老眼鏡を出して気兼ねなく山と地図を交互に見た。

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上部は滑りやすそうな岩の道だが、小至仏への道は一見のどか(後ろは武尊山)

天候に恵まれ、いろいろな年代のグループが山歩きを楽しんでいた。

スニーカーでもOKだけど、「今日だけのことですよ」

年配のグループが前を歩いていた、ダブルストック、シングルストックを使っている。

歩き方が何かおかしいと思って見てみると、ストックを伸ばしていない!

「余計なことですが、ストックは・・・」と指導してしまった↓

でも、えらく喜んでくれました♪

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      振り返って見た頂上

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  小至仏山の下にこんな景色があった

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稜線は涼しかったが、暑さが戻って来た鳩待峠近くから後ろを見ると、こんな至仏山があった。

帰りは戸倉で温泉に入り、一眠りしてから高速バスで出発地の東京駅八重洲口に戻った。

夜行は列車に乗ったのも20年以上前、バスはもっと厳しかった気がするが、慣れた人もいるらしい。

しかし、一度余裕の旅を目指すと、厳しい旅はギブアップでした。

       尾瀬ヶ原も山も6月とは様変わりをしていた

       9月は初秋の装いになっていることだろう。

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2007年8月 2日 (木)

花咲く 鳥海山

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7月30日(月) よこすかグループの山

柏駅を1番電車に乗り、東京駅に集合。6時過ぎの上越新幹線/新潟経由で酒田へ。

千葉-東京-埼玉-群馬-新潟-山形の列車の旅は初体験。

昨年同時期に、いばらきグループの「鳥海山」に参加したが、チャーター・バスでのお任せだった。

酒田駅前を11時過ぎのバスで鉾立へ。

今回のコースは北西側の鉾立から「象潟口」を登り、南面の湯ノ台道を下る予定。

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          登山届をポストに入れてスタート

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              御浜への道

列車が新潟に近付くころには雨が上がり、山形県側は晴れ/曇りの空。

歩き始めから暑い。

鳥海山の上部には雲があり、谷筋にも霧が下りてきて、昨年は見ることが出来た白糸の滝もガスの中に隠れていて見えない。

散歩道といった感じの緩やかな登りが続く。

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              チングルマがあちこちに

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               ニッコウキズゲも

     

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              イワカガミも・・・

いろいろな花が群れをなして咲いている。

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           こんな草原が広がっていて

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           チングルマも場所を変えるとこの姿に

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            残雪が現われた

         

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          どこを歩いても花がある、気分はバンザイ!

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          ハクサンフウロとハクサンシャジン?

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              きょうの宿は御浜(おはま)小屋

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          御浜小屋の裏から見えた鳥海湖

◆御浜小屋には昨年も泊まっているが、北アルプスなどの山小屋とはイメージが全くといっていいほど違う。

大物忌(おおものいみ)神社の施設に、「泊まらせていただく」といった感じがする。

1泊2食付で6000円と、北アや八ヶ岳より3割ほど安いが・・・。

◇昨年は雨が降っていて、20人ほどのグループだったわれわれは、狭い玄関が空くまで順番待ちで、傘をさして外で30分ほど待機するはめにあった。

その間、小屋の関係者からは何の指示もなく、ビチャビチャの土間で脱いだ雨具をどうしたものかと悩んで、それらしいロープに引っ掛けた記憶がある。

幸い、きょうは月曜日ということもあってか、定員50人のところ20人くらいでゆったりと過ごせそう

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               これが食事風景である

「テーブルはないの?」『何にもないよ、これだけ』、「今どき飯場(はんば)でもこんな風景はないよな」と、ジェネコン出身の仲間の弁。

貴重な体験である。

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               これが晩ご飯のすべて

手前のマグカップは自前、おかず4品はプラケースに盛られ、ご飯とみそ汁は発泡スチロール製で使い捨て(部屋の天井に備品としてのせてある)、茶碗などというものはない。

上部にあるのはキューリのキューちゃん風の漬物で、数人前。

オカズは全部が山菜系のもので、袋から出したての新鮮さが売り物のよう。

みそ汁とご飯は自家製に間違いない!

「おかわりされる方はどうぞ!」などといった呼びかけはなく、トレーで運ぶとサッと奥へ退いた。

時間を見計らって黒いビニール袋を持って現われ、「使った器はこの中に入れてください」、で腹七分の夕食は終了した。

外に出た人の、「山が見える」という声を聞き、することもないので小屋の上に出てみた。

              「おぉーッ」

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           鳥海山が夕日に燃えていた

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           海側は空が燃えていた

★昨年同様に毛布2枚を敷き、1枚を掛けて寝ることにした。

小屋には仕切りなどは一切なく、トイレは外にある。

寝つきのいいわたしはすぐ夢の中へ・・・。

☆一晩中、入口の戸の開閉音が賑やかだったが、気にして寝られないようでは山歩きは出来ない。

朝食は「5時30分」と貼り紙が出ている。

小屋の関係者は静寂を守るためにか、大人に指示は不要と考えてのことか、食事の時間や注意事項などの説明などは一切省き、「貼り紙」で済ましているようだ。

「早く出発する人は、まわりの方々の迷惑にならないように、静かに準備をしてください」という注意書きがないためか、4時前から10人ほどの団体が起き上がってしゃべり出した。

早起きは各人の自由だが、おしゃべりは厳禁で静かに行動しなければならいが、止めるリーダーがいないらしく喧しい!

目が覚めてすぐによくもこんなにしゃべれるもんだと思いつつ我慢していたが、全く隣人への気遣いのなさに堪忍袋の緒が切れて、「静かにしろッ!」と一括してしまった。

お蔭でわたしは目が覚めてしまった。

それでも静かになったわけではない、自分たちのことではないと思っているようなのだ。

勝手なおばちゃんがいて、自分たちの方の電気が通じたので、われわれの方のまで「暗いから点けましょう」と入って来た。

「まだ寝てる人がいるじゃないですか!」というと、心外だというように不満顔をした。

7月31日 

朝食は何か?

昨夜と種類は違うが、「袋から出したて」の山菜とみそ汁+ウメボシ1個。

きのうと一緒だと思ったら、ご馳走が出て来た「生タマゴ」である。

残念なことに朝の生タマゴは体に合わないので、みそ汁をご飯に掛けてパック山菜をちょっとだけいただいた。

早起き組が出て行くの待って、余裕を持って出発することにした。

昨年は降雨のため御浜小屋から鉾立へ戻ったので、ここから先は始めて歩く道となる。

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         そとはガス(霧)が濃い

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        ニッコウキズゲが両側から照らしてくれる

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             雪渓を横切る

二股(分岐)の七五三掛(シメカケ)から左の千蛇谷コースを通って御室へ向かう。

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            雨もまたいいね!

レンズに雨粒が付いてしまう。

全体像が見えないが、雪渓の対岸は立派な岸壁。

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              雨の実感

       

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                 雨に咲く花(そんな曲が)

頂上御室手前からルートを左にとって新山に向かうことにした。

残念ながら視界は全くといっていいほどない。

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            かなりの傾斜がある

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             狭いキレットの通過だ

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              一生懸命で余裕はない!

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           鳥海山の頂上に着いた

☆幸い雨が止んだので、狭い頂上で軽い昼食をとることにした。

われわれ以外に3人の方たちが登って来て、ちょっと過密状態。

神社からの登りはかなりの岩場で、なかなか充実感があった。

ガスでまわりが見えなかったが、近くに立派な岩峰があって、麓から見上げた印象とは違った姿があるようだった。

晴れていたら、覗き込むのが怖いような所もあったに違いない。

当然、遠景も望めないが、頂上に登ったという満足感がどっしりとあった。

3人の方たちは下山ルートが不安らしく、われわれの後を付いて来たが、夫婦連れは雪渓を渡ると「ありがとうございました」といって追い越していった。

外輪の稜線を伏拝岳まで行き、ルートを左にとって急な薊坂(あざみざか)を下る。

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                コバイケイソウ

薊坂にコバイケイソウが驚くほど群生していた。

いつも見かけるのは一部が枯れかかっていて、美しいと思ったことはなかったが、タイムリーなのであろう、濡れた小花が白くそして香るように感じたのでカメラにおさめた。

         

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◇小さい雪渓をトラバースしたりして大きな雪渓に出たが、ガスがかかっているために状況がわからず雪渓通しに歩くことができない。

折角軽アイゼンを持って来てもらったので、初めてのSさんに少しだけでも着けて歩いてもらった。

練習して来たというが着脱に手間取っていた。

夏道には黄色の目印が付いてはいるが、何度も雪渓の下に消えてしまい、その度にルート・ファインディングのために先行し、目印を探してガスの中で見つけてはメンバーを大声で呼んだ。

雪渓の終わるころにはガスも消えて、下に河原宿小屋が見えて来た。

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      ここも大物忌神社の何からしい

ここからこのまま飛ばして歩けば帰京できないわけではないが、今回は余裕を楽しもうということにしてある。

当初、この鳥海山の計画は、わたし以外の男3人で立てていたのだが、途中からわたしが加わることになり、マドンナさんたちにも声を掛けたが、急であったため二人の参加に留まった。

じいさんばかりだったら、ここ河原宿から尾根通しに湯ノ台まで歩く計画だったが、二人の参加を得たので、ここからタクシーを呼んでもらい、滝ノ小屋下の駐車場まで迎えに来てもらうという普通のコースに変更した。

河原宿小屋のご主人は感じのいい方だった。

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河原宿から滝ノ下小屋経由で1時間強、ポッカリ出た駐車場には人の良さそうな運転手さんが出迎えてくれた。

       ☆振り返ると鳥海山がこのとおり!

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        下ってきたのは左の雪渓

10分ほど遅れたので、運転手さんにせかされると思ったが、「あっちの方がよく見えますよ」とかいって撮影場所を教えてくれたりした。

それが本心からのサービスなんだ。

きょうの宿は「湯ノ台温泉鳥海山荘」です。

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      鳥海山荘の裏庭で記念撮影、ここはアルプスか!

「鳥海山荘」は、食べ物よし、従業員よし、部屋も温泉もよし。

山形名物の「岩牡蠣」が出た、メロンも出た、剥きソバも出た。

御浜小屋での修行のお蔭か、出たものは全員が全部食べた。

露天風呂からは月山が見えた。

満月だった。

Sさんが、遅くに露天風呂に入っていたらタヌキが出て来たという。

出来過ぎだがホントの話。

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余談:全員がこの辺りは初旅だった。

で、笑ったこと 

◎余目という駅名をなんというか?

全員が初めは「ヨメ」?

正解は「あまるめ」だった。 山陰の鉄橋は餘部(あまるべ)。

◎なんだろうと思ったこと

民家の瓦屋根が、黒くてエナメル加工したように光っていたのは、雪対策だろうか。

          

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2007年7月23日 (月)

八ヶ岳 -赤岳-

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            赤岳(2899m)

7月21~22日 千葉グループの山旅

中央高速を走るバスのフロントグラスに霧雨が付きワーイパーが動く。

談合坂のサービスエリアに着いた時には、雨は上がって曇り空。

予定どおり美濃戸口に11時前に着き、きょうの宿泊地「赤岳鉱泉」へ向かう。

曇り空から時々薄日が射したりして、「曇り/雨」を予想していた気分が明るくなる。

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   美濃戸山荘のテーブルを借りて昼食

ここは、いつもお茶や漬物のサービスがあったりして、昼食は各自が持参しているが、人情として軽い気持で飲み物などを買う気持になる。

前回、千葉グループで硫黄岳に来た時にも休憩をしていて、個人的には数回お世話になっている。

そして、その度に筑波山の今はない弁慶茶屋の「買わない者、休むべからず」を思い出してしまう。

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   「前に来た時もここで休みましたね」という所で一休み

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      北沢の右岸を見上げると緑がいっぱいだった

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      マタタビの葉がひらひらしていたり

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      流れの脇を歩くと、涼しい風が通り抜ける

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            いくつもの橋を渡り

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やがて赤岳鉱泉が見えてきた、この頃には13人の列もかなりばらけた。

自分の思いでは、整然と列を作って歩くことはあまり好まない、出来れば思い思いに歩いてもらいたいが、各人の経験の違いなどもあるので、歩き始めや危険箇所がある時は列をつめて行動せざるをえない。

中には土地勘が全くない人もいるので、分かれ道などある所では注意が必要だが・・・。

「早く生ビールが飲みたい!!」

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  メンバーが揃うのが待ちきれず、何度目かの「カンパーイ!」

  湯上り、それも山小屋でのナマの味に今回もニコニコだった。

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        夕食は5時半から

ビーフシチュー、トン汁とご飯は食べ放題で、メロン、とうもろこし、トマト&サラダ菜が付いた。

トン汁は具沢山だが、ミソ味が薄かったのが残念。(前回もビーフシチューだったそうです)

今回は1階の個室2部屋を予約した。

いつもは2階のベッド部屋にしていたが、今回は人数の都合もあって布団部屋にした。

室料差額は5000円也、複数人の場合は個室に限る。

                                                                                                                         22日(日)

05:30朝食

山小屋の客の朝は早くて、4時ころから動き出している。

雨音は聞こえないので、天気は回復に向かっているのだろうか。

ところが5時を過ぎたあたりに強い雨が屋根を叩き、きょうの天気が不安になった。

強い雨脚はすぐに去ったものの、辺りはガスでけむり、屋根から雨が流れ落ちている。

朝食を済まし、パッキングをしながら外を見上げると、「なんと!」遠くに僅かながら雲が切れて青空が出ている。

多少は降っているので、雨具を着て外に出ると「あれ?」、結構空が青い。

結局、ズボンだけ着けて出発することにした。

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           出発準備完了

(そういえば、昔は出発をデッパツといったが、今でも使っているのだろうか)

何度も歩いている道なのに、出だしで失敗をしてしまった。

行者小屋へ向かう道は外のトイレを通り越して行くのだが、何を勘違いしたのか小屋の前を一周してしまった。

トイレの先に立派な道があるのに、どうして見えなかったのだろう。(反省、なんの思い込みか)

結局、行者小屋の前から雨具は脱ぐことにした。

暑がりのメンバーは、スタートから身につけていないようだった。

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          地蔵尾根を登る

きょうは地蔵尾根を登り、文三郎尾根を下る。

ハシゴやクサリ場がいくつもあるが、千葉グループの八ヶ岳は、白駒池から天狗岳、赤岳鉱泉から硫黄岳に登っているので、今回は八ヶ岳の締めくくりとして赤岳を選んだ。

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       湿ってはいるが、登りとしては危険度は薄い

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     地蔵の頭までこんな登りが続く、まだまだ元気

たまにガスが切れて小同心が現れたりするが、赤岳の辺りは雲に包まれている。

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     歩き出してから2時間あまり、ちょっと疲れが出たか

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   ハクサンシャクナゲ?とミヤマシオガマ

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      地蔵尾根の頭

稜線に出ると風はあった。

幸いにもガスが上がって赤岳が姿を現した。

「ああ良かった!」、天候はわたしのせいではないが、ここまで登って来たメンバーには、赤い地肌と濃い緑のハイマツに覆われた勇姿を見て欲しかった。

高校生のころ、八ヶ岳のガイドブックの表紙が赤岳で、「こんな山があるのか」と恐れ驚いた記憶がある。

「あっ、海が見える!日本海!?」、『えぇっ?! 海? (まさか)』

諏訪湖だった、立山と勘違いしたらしい。

霧が切れると遠くの景色が新鮮に写る。

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             最後の登り

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       頂上小屋前で昼食をして記念撮影

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               ここが頂上

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              霧、下りの岩場

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            文三郎尾根のガレ場を下る

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ガレ場で滑ってシリモチをついたメンバーもいたが、ケガもなく無事に下山することが出来た。

このコース、雨が降ったらどうするか?

どちらの尾根も下りには使いたくない。

帰路の行者小屋から文三郎尾根を見上げると、赤茶けたガレ場に見事にハシゴがつながっていて、「あそこを下りて来たの?」と感嘆の声が上がった。

短い稜線歩きは快適だが、ガレ場の登り下りには集中が必要で気疲れがする。

美濃戸口に待機していたバスにたどり着くまで雨も降らず、梅雨が明けきらない時期としては幸運だったようだ。

千葉への帰着時間のこともあるので、「もみの湯」滞在は30分間。

ささっと汗を流して、あたふたとカンパイをして千葉に向った。

もちろん車内には、いつものようにサロンが開店し、楽しい旅が続いた。

今回の参加者中最年長は67歳、最年少は25歳で、年齢のみならず山の経験・体力や好みの違う中では、概ね楽しい山歩きが出来たように思う。

体調不良からしばらく参加が途絶えてたメンバーも、病み上がりのメンバーも、まだ経験の浅いメンバーも完歩することが出来て、自信を付けたり取り戻してくれただろうか。

お疲れさまでした。

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2007年6月 8日 (金)

尾瀬/燧ケ岳を登る

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           尾瀬沼畔からの燧ケ岳

6月4日 上野発の水上1号で尾瀬へ。

よこすかグループ6月の山です。

メンバー13名平均年齢67.5歳、大清水から三平峠を経て、尾瀬沼畔の長蔵小屋への約3時間が今日の行程です。

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         一息入れて大清水をスタート

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           一ノ瀬で昼食

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        すぐにこんな残雪の道

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  三平峠(さんぺいとうげ 1762m)で一休み、ここも雪

暑さのせいか意外と足が進まず、かなり遅れるメンバーも出てきたので、ゆっくりペースで三平峠を下り尾瀬沼畔へ。

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燧ケ岳(ひうちがたけ 2356m)が現れて尾瀬沼と山の位置関係が理解出来てきました。

概念はインプットしているものの、燧ケ岳はもっと右の方向に現れるものと思い込んでいたため、一瞬、至仏山と見間違えてしまいました。

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             やっぱり 水芭蕉

「尾瀬のミズバショウはどんな姿をしているのだろう?」そんな思いを抱いてのご対面の印象は、「かわいい」でした。

畑のような所に咲いているのもありますが、水辺の姿が可憐で清楚です。

しかし、巨大なものもあるので、それは見ても見ぬふりをすることにしました。

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1級河川とは

「国土保全や国民経済上とくに重要な水系のうち、国の管理下にある河川。全国で13000以上の河川がある。」

そうです

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      部屋(長蔵小屋)から見えた尾瀬沼と燧ケ岳

今回の尾瀬の山旅の第一目標は「燧ケ岳登山」にありますが、「お山は遠慮して・・・」というメンバーもいるので、二日目は「登山隊」と「お散歩隊」に分かれての行動になりました。

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6月5日 曇り 登山隊10名は6時半に長蔵小屋を出発。

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長英新道に入ると雪道と雪解けのぬかるみや、小川のようになった道があり、夏道をたどりますが雪道は下を流れる水とに空間が出来て、ときどき踏み抜いて、「ボコッ」と足をとられたり、崩れてひっくり返りそうになったりとか、かなり気を使い疲れるものとなりました。

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樹林帯の空間にやっと見えた「俎嵓(まないたぐら 2346m)

(嵓=くら は岸壁や大きな岩場を指す古語。倉と表記されることもある。山名・用語辞典/山と渓谷社より

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雪面が続きそうなので、軽アイゼンを付けてもらうことにした。

途中、夫婦連れに追い越されたが、その後、人には出会っていなかった。

アイゼンを付けて歩き出すと、3人の若者が追い越していった。

きのう、列車から一緒だった中学生たちの引率の先発隊のようであった。

(中学生たちも同じ長蔵小屋の別館に泊まっていて、燧ケ岳を登ると聞いていた。)

その後ろから、しっかりと装備した引率責任者と思しき先生と並んだので尋ねてみた。

「何人くらいの生徒さんですか」『100人ほどです』、「学校の行事なんですか」『はい、遠足として実施しています』、「参加は強制的なんですか」『はい、全員参加が原則です』、「装備をそろえるのも大変ですね」『はあ、しかし一度だけではありませんから』など。

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     振り返ると尾瀬沼は遥か下

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             俎嵓で昼食

昼食を済ませたころ、元気な中学生たちが登って来て、三角点をタッチして柴安嵓(しばやすぐら 2356m)へ向かって行く。

柴安嵓で昼食をとるという。

狭い頂上に座っているわれわれの前を通って行くのだが、多人数で目が届かないのだろう、多くの生徒たちがザックのウェストベルトが付いているのに締めていない。

折角の装備なので、目の前を通る生徒を呼び止めては「これをしっかり締めると荷物がグラつかないし、重さを肩と腰に分散できるから疲れないよ」

「街中では肩のベルトを伸ばしてもいいけど、山ではしっかり肩まで上げようね」「ザックの外にぶら下げないで中に入れよう」などとおせっかいを焼いて列を何度も引き止めた。

生徒たちはいやな顔をするどころか、「ありがとうございます!」「ありがとうございます!」と実に礼儀正しい。

心底から感謝された気持になってしまった。

中にはずいぶん幼顔の生徒が頑張っていていて、ついつい仲間が持って来てくれたミカンを「休みの時に食べて元気を出しな」と渡してしまった。

嫌がるかなと思ったら「ありがとうございます」といってニコニコしてくれて、後ろの子が「もっと大きい声でいえよ」といったけど十分に聞こえた。

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柴安嵓の登りはかなり急な雪の斜面というより雪壁(せっぺき)といった方がよさそうな傾斜がある。

ルート工作は先ほどの先生たちが行ってくれているので、われわれ67.5歳隊は休んだ上にまたゆっくり休んで生徒たちの後を行くことにした。

張ったフィックスロープを使わせていただき頂上へたどり着いた。

(上のphotoをクリックして拡大すると、傾斜を登る姿をとらえることが出来ます)

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この雪壁は想像以上(長蔵小屋にいた地元のガイド氏から聞いていた)で、今回のハイライトであった。

このルート工作がなければ、右側のハイマツ沿いに登ることにしたと思う。

中学生たちは難なく登ったようだったが、我が方は・・・。

頂上に着くとなんと!

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中学生たちの大群だった!こんな景色は初体験、こちらを向いてもらい記念にパチリ!

これは確かに遠足だ。

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        「お世話になりました」

「もう一箇所危ないところがあるので、スコップで雪をかいてきます」といって休まずに先に下山して行かれた。

感謝です。

どうせ追いつかれるので、中学生の後を歩くことにしてまた長休止することにした。

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       ガスの晴れ間に現れた俎嵓

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下山ルートは見晴新道を下って下田代十字路へ。

腐った雪にアイゼンを付けても踏みとどまれず、メンバーは尻餅の連続!

シリ餅つきを楽しみながらの下山でしたが、長かった!

今夜の宿「弥四郎小屋」でお散歩隊と合流、3人は尾瀬沼めぐりをした後で「三条の滝」へ行って来ていて、満足の様子でした。

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                        お散歩も楽しかった♪

6日 曇り/晴れ

カッコーの鳴き声に目が覚めるという童話チックな尾瀬ヶ原の朝でした。

めったなことではしたことのない散歩に出てみると、小屋の後ろに燧ケ岳のシルエットがあり、近くの木道脇には立金花(リュウキンカ)や猩猩袴(ショウジョウバカマ)がひっそりと咲いていました。

静かな朝、三文の徳をしました。

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尾瀬の山旅もきょうでおしまい、ゆったり気分で団体をやり過ごしてから出発することにしました。

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        元気な12人のメンバー

尾瀬ヶ原を歩いて、竜宮小屋、山の鼻経由 で鳩待峠へ向かいます。

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                        (H君撮影)

グレーに霞んでいた至仏山(しぶつさん 2228m) が陽を浴びて山の色になりました。

眺めながらの麓歩きで、楽しかった尾瀬の山旅もエンドを迎えました。

★歩いていてマドンナズの一人から疑問を投げかけられた。「何か油みたいのが浮いてるけど、何なんだろうって思って、さっきJTBだかどこかのツアーの引率の人に聞いてみたら、木道に使用している枕木からにじみ出てる」と言ってたけど、なんだかね・・・。

確かに油状のものが見受けられて、汚染?を感じていました。しかし、枕木?は山道では使っているところがあったにしても、尾瀬では見かけない。

帰宅後インターネットで調べてみたところによると「アカシボ」という自然現象であるらしい。

引用すると《アカシボは尾瀬ヶ原で融雪時に雪原表層が部分的に赤くなる現象である。中略 ・・・尾瀬沼、池塘や木道脇の水溜りに油膜様のものが見られ、油の汚染と勘違いするが、これもアカシボでまったくの自然現象である。》

思えば、幾度となく山奥の水溜りなどで見て疑問を抱いた・・・ですよね。

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             座禅草(ザゼンソウ)

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          長蔵小屋前に咲いていた白根葵(シラネアオイ) 

☆ 鳩待峠でバスの待ち時間でカンパイ!

そして沼田駅前の蕎麦屋さんでガンガン乾杯したいつもの楽しい打上げでした。 

《山小屋考》

最高はトイレ、長蔵小屋はウォッシュレット、弥四郎小屋は新しい水洗。どちらも清潔で臭いなし。

食事は、これが尾瀬の食事かといった感じで、  長蔵小屋で焼きシャケにトマトソースがかけてあった、ほぼ全員がソースをのけて食べたミスマッチ!

長蔵小屋のお風呂は清潔、さっと入って汗を流すには十分。

弥四郎小屋の夕食はハンバーグ、解凍ものだろうが滅法固かった。朝からサバの照り焼きは重い!

本館はかなりの年代もので旧家の感じがするももの、廊下の段差を強く踏むとかなり賑やかに震える。

「あっ、地震!」といったメンバーがいた。

お風呂の湯船は長蔵小屋より広いものの、湯に浮遊物があり清潔感がなかった。

ごはんとみそ汁以外はほとんど冷凍品かパックもの、もうこんな時代ではないと思う。

山小屋でもフツーのものを食べたい!

☆ 中学生は自由学園の生徒たちでした。

長蔵小屋へ予約の電話を入れた時、中学生の団体が入っていると聞き、躊躇しましたが「どこの中学生だろう?」と尋ねたところ「自由学園」と聞き「じゃぁお願いします」と予約しました。

卒業生が会社にいて、その印象はいいものでした。

何か生徒や先生に楽しませてもらいました。

当然、教師あっての生徒でしょう。

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